偽装懐妊 ─なにがあっても、愛してる─
冬哉さんは数秒黙り、私はその間、ハァハァと肩を上下させる。
ポンと私の頭に手を置き、彼はフッとため息をつくように微笑んだ。
「ごめんね、凪紗。俺はそんなに暇じゃないんだ」
彼の選ぶ言葉が、刃のように心を突き刺す。
「え……?」
「凪紗にはわからないかもしれない。俺は、今までいろいろなものを捨てて生きてきた。だから、選択の瞬間は経験でわかる。〝今だ〟って」
「そ、そんな、冬哉さん……イヤです……やだ……捨てないで……」
「ああ。俺も凪紗を手離したくない。愛してるよ」
手首を引っ張られ、座っている冬哉さんの腕のなかに抱き留められる。冷えるようなワイシャツの感触。凍りつくようなネクタイの色。
「これで最後になるかもしれないと思うと、俺も泣きたくなる」
私の言葉などなにも響かない、遠い心。