俺様社長はハツコイ妻を溺愛したい


今朝、蒼泉に渡されたマスターキーでマンションに入り、エレベーターで部屋まで上がる。

手にはエコバッグに入った食材を持っている。
家の冷蔵庫は置いてあるだけで役割を果たしておらず、さっき仕事終わりに買い込んだのだ。

とりあえず、ミネラルウォーターと、今日の夕飯のおかず。

とはいえ、朝昼晩の食事について特に話をしていないため、作ったものを食べてくれるとは限らない。
それでも同じ家に住んでいて自分の分だけを作るなんてのは、私の良心が痛む。

そう。ただの同居人相手に過ぎなくてもよ。


部屋に鍵を差し込むと既に鍵が開けられていた。

うそ、まだ六時よね。
蒼泉、もう帰ってるの?

「ただいま……」

ガチャりと扉を開けると、部屋は大量のダンボールで埋め尽くされていた。

「え…何これ!?」

あんなに広かった部屋の床が見えないくらいの大荷物に、大声を上げずにはいられなかった。

まさか、これが昨日言っていた引越し荷物?

いくらなんでも多すぎない!?

「ちょっ、蒼泉? どこにいるの?」

見えるのはダンボールの山で、肝心の荷物の主が見当たらない。
ダンボールに埋もれているのかと思い、立ちはだかるダンボールを押し退けて部屋の奥へ進む。

「うわっ!? なに、誰!」

ソファがある辺りからのそっと顔を出したのは、蒼泉ではなかった。

「あ、どうも。 あやめさんですね。 お邪魔してます」

「えっと………あぁ、ヤマクラさん!」

荷物の整理をしていたらしい彼は、昨日秘書として蒼泉が連れてきたヤマクラさんだった。
今日も、黒髪をビシッと決めている。

「そうです。改めまして、一条コーポレーション副社長兼社長の世話係、山倉司(やまくら つかさ)と申します」

「副社長!?」

彼、副社長だったのね。
というか、秘書だと言って連れてきたくせに、本職は副社長でしかも世話係だったなんて。

「し、失礼しました。山倉さんが副社長だったなんて、驚いてしまって。 えっと、陸あやめと申します」

「存じ上げておりますよ。 この度、うちの社長をもらってくれたそうで。 一応、〝元〟世話係から助言を」

〝元〟を強調して、私に助言をするあたり。
先の言葉を聞くのが怖すぎる。

「社長のお世話は、公私共に大変です。 面倒臭い方ですから。あやめさん、社長の傍付きの心得を教えておきます。 ずばり、相手が適当ならこちらも適当に。場合によってはガン無視も必要です」

や、山倉さん。目が据わってますよ……。
そしてやっぱり、一条コーポレーションでの私の役職って、秘書という名の世話係…のようね……。

少々怖い顔で社長のお世話について教えてくれる彼は、三十代半ばの塩顔イケメンだ。

「わ、分かりました。心得ておきます……」

「はい。 あ、一応言っておきますけど、僕は今日、社長からこの部屋の鍵を預かって来ています」

「そうなんですね」

それがどうしたのだろう。

「合鍵を持っているなんて親密な間柄ではありませんから、毎日来て入り浸る、なんてことはあり得ません。 新婚夫婦の邪魔をするようなマネはしませんので、ご安心を」

「は、はぁ…」

ご安心をと言われても、私たちはそんな仲ではないのよね。
だから別に、毎日来てくれても構わないんだけど。

「おい、人の嫁と密会するな」

ふと、頭上から低音ボイスが響いた。
蒼泉だ。

「密会?人聞きの悪いことを言いますね。 あなたのお世話について助言をしていただけですよ」

「お前に世話をされた覚えはない」

蒼泉はムッとして言い切ると、山倉さんはコソッと「ほら、こういうところ」と囁く。

私は苦笑を浮かべると、「おいこら」とまた一声。
山倉さんはそれに対して「うるさいですねぇ」とため息を着くので、親密では無いと言いながらも仲がいいのは見て取れる。

なんだかんだ仲良さげな二人に、私はくすりと笑ってしまった。
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