俺様社長はハツコイ妻を溺愛したい
〝今日こそ抱く〟
そんなことを言っていたのに、結局昨晩も同じベッドでただ眠るだけだった。
一昨日もそうだ。
もしや、そういう発言は、単に私をからかっているだけ?
でもその割に、濃厚なキスをしてくるし、マークまで付けるのだ。
私としてはどっちにしろたまったもんじゃない。
同居開始三日目の今日、私はスーパー角谷での最後の仕事に勤しんでいた。
エプロンの下の洋服は、タートルネック。
それほど寒くない店内で動き回っていると、暑いから絶対に選ばない服だ。
しかし今日は、首筋のキスマークを隠さねばならない。
仕方なく、この格好で最後の業務を終えようとしていた。
裏で野菜をひたすら切るのも、最初は腱鞘炎になりかけて大変だったなぁ。
表に出て接客するのも苦手だったし、時にはクレーマー対応もしたことがあった。
その全てが最後だと思うと寂しい。
おばさま達も、噂好きで色恋大好きで困ったこともあったけど、今となってはどれも楽しい思い出だ。
「皆さん、今までお世話になりました。本当に、ありがとうございました!」
休憩室でそんな挨拶をすると、涙が出そうになる。
「こっちこそ! おばさんばかりのここに、あやめちゃんという若い華が来たのは嬉しかったよぅ。寂しくなるねぇ」
「でも、寿退社じゃないの! いやぁ、あんなイケメンとっ捕まえて、可愛い顔してやるねぇ」
その話、まだするのね……。
あの時店に来たイケメン、もとい蒼泉のことを忘れられないようだ。
それに、確かに私は寿退社という形になるのかもしれない。
パートだから、そんな大したものではないのだけど、おばさま達の寂しそうな顔を前には何も言うまい。
「あやめちゃん。たまに顔見せに来てね」
「ええ、もちろん! 買い物は絶対、ここに来ますよ」
住み始めたマンションからここは、一番近いスーパーなのだ。
それにここは安くて美味しい食材があるのを知っているし、皆さんにも会いたい。
これからも買い物は絶対、ここに来ると決めている。
ちなみにマンションは駅も近くて、来週から出勤予定の会社にも近いらしい。
なんて良い立地なのだろうと、今日再確認した。
「それでは皆さん。お元気で」
「あやめちゃんもねぇ!体に気をつけるのよー」
「ダンナに虐められたら、泣きつきに来ていーからねぇ!」
そんなおばさま達の掛け声に送られて、従業員として最後の、スーパー角谷を後にした。