俺様社長はハツコイ妻を溺愛したい

「だから何も心配するな。 何が欲しい?なんでも言え」

桃缶…ゼリー…アイス……確かに今欲しいのは冷たいもの。
だけどそれ以上に―――

「……ここに…いて………」

会社に戻らなくてもいいなら、ここにいてほしい。
そばにいてほしい……こんなわがまま、聞いてもらえるか分からないけど。

「ん。 分かった」

そう言ってしゃがみこんだ蒼泉は、ふわっと笑った。
今までで一番、優しい笑顔だ。

その笑顔に安心した私は彼の手を握って、眠りについた。


次に目が覚めた時には、カーテン越しに見える外は真っ暗になっていた。
部屋の電気は淡いオレンジ色のがついている。
蒼泉が付けてくれたのだろうか……

握ったはずの蒼泉の手が無い代わりに、トントントントンと軽快な音が聞こえる。

たまにズシャッと音が大きくズレる不器用な音の正体は、蒼泉による包丁さばきだった。

部屋の扉が開くと、蒼泉が入ってくる。

「起こしたか?」

静かな声に首を振って否定する。

「雑炊を作ったんだが……食べられそうか?」

蒼泉の雑炊……

「食べる」

食欲があると言えば嘘になるが、彼の作った料理に興味がある。

即答で答えると、蒼泉はくすっと笑って「待ってろ」と部屋を出ていく。

戻ってきた蒼泉の手には、お盆に乗った小さなお鍋。

私の膝の上に置くと、自信が無いのか表情が強ばっている。

「ありがとう。 いただきます」

そっと蓋をとると、お出汁と卵のいい香りと共に湯気がたつ。
刻みネギが乗っていて美味しそうだ。

蓮華に掬って一口口に含む。

熱々の雑炊は絶品だった。

「おいし……」

呟くと彼はほっとしたように息をついた。


全部は食べられなかったけれど、食欲が無かった割には半分ほどを平らげ、蒼泉も嬉しそうだ。
それから彼が用意してくれた風邪薬を飲むと、蒼泉は私の額に手を伸ばす。

「これ、変えよう」

なんの事かと思っていると、ベリベリっと何かが剥がれる音。
どうやら寝ている間に冷えピタを貼ってくれたようだ。

なんの躊躇いもなく前髪を持ち上げると蒼泉は一瞬驚き、それから新しい冷えピタを貼ってくれた。
これが冷たくて気持ちよくて、昔から好きだった。

ベッドに横になると、布団を深くかけてくれる。

「おやすみ」

蒼泉はそう言って今度は自分から私の手をとった。
彼の手は何故かやっぱり安心して眠れた。
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