俺様社長はハツコイ妻を溺愛したい
「待て、あやめ」
今、彼がどんな顔をしているのか見るのが怖い。
それでも、ゆっくりと振り返った。
「……風邪、引かないように温まれ…」
「何よそれ。 子供じゃないんだから」
子供じゃないんだから。
分かるのよ。 蒼泉が何か言おうとして辞めたことくらい。
そんな険しい顔して、人の心配するんじゃないよ。
後悔した。
聞かなきゃよかった。
どうしてこんなに微妙な感じに終わってしまったのだろうか。
私の聞き方が悪かった?
…うん、聞き方は悪かった、わね。
けど蒼泉は、はっきり否定した。
エリカさんのことは好きじゃないと。
正直、ほっとした。
婚約破棄はしなくていいのね、って。
そう思ってしまうのは、やっぱり私が蒼泉を好きだから?
やだなぁ、片想いなんて。
いや、認めなきゃいいのよ。
私は、蒼泉なんて好きじゃない。
蒼泉は女避けのために私と結婚した。
それ以上でも以下でもない。
勘違いするな、私。
私に好きだと言ったのは勢いで、本気じゃない。
お酒にやられただけよ。
あれっぽっちのこと、どうってことない。
自分に言い聞かせて、雑念を払うように熱いお湯を頭からかぶった。
しかしその翌日から、蒼泉は夜の帰りがいっそう遅くなった。
定時で帰る私に入る連絡は、『今日遅くなる。夕飯いらない』これだけ。
会食らしい。
けれどその会食に、エリカさんも一緒に行っているのはどうして。
本来なら社長秘書は私。
たとえエリカさんに仕事を取られている身であっても、秘書同行の接待なら私を連れてってくれてもいいじゃない。
……なんて、ただの嫉妬だ。
あれだけ自分に釘を指したのに、増すのは心のモヤモヤと好き疑惑。 参っちゃうわ、もう。
今日も例の連絡が入った。
これで一人ご飯何日目だろう。
寂しい。 ごはんは人と食べるほうが楽しいんだ。
最近身に染みて実感する。
彼の分はいらないので、私一人となると出来合いのものが多くなる。
だって虚しいんだもん。 広いキッチンで自分用に夜ご飯作るなんて。
人にご飯作るのって、幸せなのね。
これもまた、痛いほど感じた。
ある晩、蒼泉は酔っ払って帰ってきた。
最近の帰宅時間よりは随分と早いご帰宅だ。
やけに機嫌がいいのは、エリカさんと楽しいひと時を過ごしたからですかね。
蒼泉のスーツから知った香りがする。
他でもない、強めの甘い香り、エリカさんのものだ。
ワイシャツにはファンデーションまでつけている。
ハグかキスでもしたんだろうか。
どうしようもなく、切なくなった。
怒鳴ってやろうかと思った。
あんた、私を放っておいて外で何してんのよ!って。
だけどそんな資格はない。
忘れもしない、外で愛人でも作ったら?って思っていた。風俗にでも行ったら?なんて言ったんだもの。
風俗こそ行ってないらしいが、愛人は出来たのかもしれない。
私が聞いた時、エリカさんを好きだと認めなかったのに。
素直じゃないんだから。でも、それは私も一緒か……
――と、思ったのだけど。
彼は酔ってもいなければ、愛人を作ったわけでもなかったらしい。
「あやめ、待たせてごめん。 俺の話を聞いてくれないか」
酔っ払いと間違われても文句は言えない惨状の図体で、彼は少しやつれた顔で微笑んだ。
待ってない。待ってないけど、私は彼の話を聞いた。
話を聞いたら変わることがあるのを、私は知っている。
彼のプロポーズを受けてしまった時もそうだった。