俺様社長はハツコイ妻を溺愛したい


午後、お昼休憩から戻ると、店内の様子がおかしい。

何かトラブルが起こったような雰囲気ではないが、違和感を感じる。

肩を寄せあってヒソヒソしている。


「どうしたんですか?」

近くにいたおばさまの一人に声をかけると、彼女は気味が悪いくらいにんまりしてこちらを振り向いた。

「あやめちゃんったら!んもぅ!どうして言ってくれなかったのよ〜」

「えぇ?何がですか?」

「あらやだ、照れちゃって。 ほら、あそこにいるの、彼氏でしょっ?」

か、彼氏…?彼氏とは一週間前別れたんだけど…まさか陽くん……?なわけないよね。

一層声のトーンを高くしたおばさまの視線を追うと、店の入口付近に長身の男性がいた。

この時間は比較的お客さんが少ないので、周りに他に人はいない。
おばさま方の興奮の的は彼で間違いないだろう。

…ということは、皆さんはあの人が私の彼氏だと?


「サチコさん、違いますよ。彼は――」

私の彼氏ではありませんと弁明しようとした時だ。

トマトコーナーに目線を落としていた男性が、ミニトマトのパックを手に顔を上げた。
男性の顔がはっきりと目に映る。

男性は、遠目からでも分かるくらい綺麗な顔をしていた。

筋の通った高い鼻に、少しふっくらした唇。
切れ長の目も、センターで分けられた質の良さそうな髪も、全てこの上ないほど整っている。

彼は俗に言うイケメンというやつだ。
おばさまたちの色めきだった声の理由はそれだったらしい。

その綺麗な顔立ちに、つられて私まで見惚れてしまっていた。

元彼、陽くんは特別イケメンではなかったし、周りにもここまでのイケメンはいない。
強いて言うなら、亡くなった祖母の旦那さん、曽祖父はハンサムだったらしいが、おばあちゃんは曽祖父にベタ惚れだったらしいのであまり信憑性はない。

何故かさっきから、そんなイケメンと目が合っているような気がするが、気のせいだろうか。

そもそもこんな時間にあんな身なりの良さそうなスリーピーススーツなんか着こなしちゃう男性客なんて、珍しいどころの騒ぎではない。

どう考えても、このスーパーには迷い込んでしまったという説明が一番納得いく。

特に気にする必要なしと判断した私は、ぽけっとしたままのおばさまたちを放っておいて、品出しに取り掛かることにした。

私の彼氏疑惑は、私が相手にしなければ晴れるだろう。

白菜の乗ったワゴンを押して、コーナーの前で止まる。
今年は大きめの白菜を一つ、手に取ると、驚くことに、さっきまでトマトコーナーにいたはずのあのイケメンが、真横にやってきた。
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