俺様社長はハツコイ妻を溺愛したい
やがて男の姿が見えなくなると、途端におばさま方がわらわらと寄ってきた。
「今の何!?プロポーズよね!やだぁ、この歳になってこんなシーン見れちゃうなんて、おばさん、テンションアゲアゲ!」
「はぁ…?何言ってるんです。聞いてました?今の会話。あの人は詐欺師ですよ、列記とした結婚詐欺!」
「嘘よ〜!だってイケメンだったじゃない?彼、悪い人ではないわ。好青年よ、好青年!」
全く、もう。この人たちは顔の善し悪しで人の善悪を決めるのか。
「とにかく、もうこの話は終わりです! さ、皆さん、仕事に戻って」
このままでは話の種がみるみるうちに拡がって収集がつかなくなる。
私は強制的に話を打ち切ると、おばさま方を散らすべくぱっぱと手を振り回す。
その間五分くらいだったと思う。
一応散ってはくれたものの、まだキャッキャと騒ぐおばさま方と私の前に、男はもう一度姿を現した。
髪は無造作に崩れ、額には汗が滲んでいる。
まさか走ってきたのだろうか、呼吸も荒い。
スーツはネクタイが緩み、先程とは打って変わった雰囲気にも関わらず、男はどうしてか満足気だ。
さらに斜め後ろに人が一人増えている。
本当に戻ってきたのには驚いたが、名刺ではなく詐欺グループの仲間を連れてきたのは感心しない。
斜め後ろの男の方は綺麗にセットされた黒髪が印象的な、こちらもかなりのイケメン。
「ほら、こ、今度こそ信じてくれるか、、、名刺のついでに、秘書も、連れてきた」
息を切らしながらそう言って、胸ポケットから名刺入れと思しきものを取りだし、スっとそこから一枚抜き取る。
さっきの名刺と違うのは、シワひとつない綺麗なところだ。
「秘書の、山倉と申します」
続いて秘書と名乗るヤマクラさんが一歩、私に近づいた。
さて、どうしたものか。
なんだかだんだん、サギだサギだと突っぱねにくい状況になってきた。
少なくともこのヤマクラさんは、どうにも悪い人に見えない顔つきをしているのだ。
「話くらい聞いてあげたら?あやめちゃん」
名刺と二人の男を見比べていると、いつからいたのか、真横におばさまが一人…二人……
話を聞いて、もしも結婚詐欺じゃなかったら、聞きたいことは山ほどある。
おばさまたちは面白がってるだけな気がするけれど、仕方ない。
話をしよう。
「まだ、完全に信じたわけじゃありません。けど、話くらいなら聞きます」
そう言うと、一条という男はほっとしたように頬を弛めた。
上から目線になってしまっただろうか。
ううん、いいよね。詐欺師疑惑はまだ完全には晴れてないんだから。