俺様社長はハツコイ妻を溺愛したい
彼、一条蒼泉、三十歳。は、本気で私と結婚する気らしい。
この度、実家の和食店、陸海が、一条コーポレーションと提携することになったとか。
陸海は、曽祖父が立ち上げてから今まで、どんな大企業とも契約はしなかった。
それは例外なく一条コーポレーションも同じで、一度は一条も断られたと言っていた。
それが今回、どうして契約までこぎつけたのか。
理由はいくつかあって、ひとつは、陸海が来年、創業百年というめでたい年を迎えるから。
もうひとつ、契約をしなかったのは創業者の曽祖父と祖父であり、今店を仕切っている私の父は、契約することに特に抵抗を感じていないから。
そして最後。
私を嫁に貰ってほしいから、だそうだ。
私は一人っ子だけど、陸海を継ぐのは父のお弟子さんなのだ。
私はさっさと嫁いで外で家庭を作って問題なし。
これらは全て、その場で父に電話をして確かめた。
近々話そうと思っていたところだーとか何とか言っていたので、やむなく私は、彼、一条蒼泉が一条コーポレーションの代表取締役社長だと信じざるを得なかった。
一条さんとしては最後の、私を嫁に――というやつが重大らしいが、それはやっぱり信じられず、ジョークとして受け取っておいた。
「それで、これは決定事項なの?」
「あぁ。発表は来年一月に予定している。その時、お前は俺の隣に婚約者として並ぶ形になる」
いやいやいや。婚約者って。
ジョークは受け取ったけど、あんたと婚約なんてしないからね。
「勝手に話を進めないでください。あなたくらいの人なら、他に、結婚したいという女性は山ほどいるでしょう。なにも私じゃなくていいじゃない。家と契約するのに、私があなたの妻になる義理はないと思うけど?」
「残念だが、逆なんだよ。
俺と結婚して一生楽して暮らしたい阿呆どもに、毎日毎日付きまとわれてうんざりしているんだ。それでなくても、親父は毎日飽きもせず縁談を持ってくるというのに」
綺麗な顔を勿体なく歪めて、彼は続けた。
「だからどうせ結婚するなら、寄ってきた女じゃなく、こっちから寄ったやつとしよう、というわけだ」
どういうわけなのか突っ込みたいところではあるが、すなわちこの結婚は女避け結婚ということ?
冗談じゃないわ。どうしたって私が、その餌にならなきゃいかんのよ。
円満に陸海と契約するための攻略結婚じゃないなら、このプロポーズらしきは断っても差し支えないはず。
「申し訳ありませんけど、他を当たってください私は嫌です」
はっきり告げると、一条さんは黙った。
諦めてくれるだろう、なんて一瞬でも思った私は、案外チョロいのかもしれない。
「文さん、残念がるだろうなー。孫の花嫁姿、早く見たいだろうに」
文。祖母の名前だ。
この男、まさか祖母にまで手をつけたの?
「体調くずした時看病してくれたのは、文さんなんだろ? いいのか?祖母孝行しなくて。
今俺と結婚すれば、大好きなオバアチャンに孫を抱かせられるかもしれない」
どうしてこう、ここで祖母を出してくるのかなぁ?人って。
一絵さんもそうだったけど、この男に限ってはそんなことまで知られていることがとんでもなく気味悪い。
ここにきてぐっと押し黙った私に、一条さんは意地悪い笑みを向ける。
オバアチャンのためと言えば、俺と結婚したくなるだろ? とでも言いたげだ。
それにしてもさっきから、オトウサマとかオバアチャンとか、いちいち言い方がムカつく。
感情が全くこもってない気だるげな口調は、こいつのダメなところトップ3に入りそうだ。