俺様社長はハツコイ妻を溺愛したい
「これは契約結婚だ。俺は見合い及び女を退けるため。お前は、祖母孝行。 な?双方に利益はある」
利益としてはそっちの方が大きい気がするのは気の所為?
「俺と結婚すれば、会社では秘書として働いてもらう」
「え…それってっ……」
会社で秘書。ということは、一条コーポレーションに入社できるということ?
「そうだ。妻の特権。社長である夫がいれば、コネ入社も夢じゃない」
ど、どうしよう。
グラグラ揺れている。心がかつてないほどグラグラに揺れている。
憧れた、会社勤務。
諦めた会社勤務。
今の生活に不満は無くとも、こんな年になってそんな話を持ちかけられて、私の心はいとも簡単に揺らぎだした。
待ちなさい、私。ここで話に乗ったらダメよ。
さっき自分で言ったじゃない。
悪いけど私、そんなにチョロくないから!って。
いやでも、おばあちゃんに花嫁姿見せられて、憧れの会社勤めだよ?
もう二十七歳。
婚期は逃しつつあるし、今結婚しちゃうのはアリだと思うけど。
ふたつの私が混乱の嵐を巻き起こしている。
グラグラぐらぐら揺らぎ続ける心。
「結婚して変わるのは、苗字と住まい。私生活に干渉はしないし、毎日おばあちゃんに会いに行ったっていい。
お前の部屋は作るし、いつどこで何をしたって構わない」
なんだその条件は。
結婚しても変わるのは苗字と住まいだけ?
しかも住まいの方は確実に今よりランクアップ?
本当に、私はただの女避けのようだ。
「どうだ。悪くないだろう」
「―――悪くは、ありませんね」
結局、私は堕ちたのだ。
まっすぐ前を向き、彼の茶色い瞳を見つめてそう言うと、一条さんはご満悦とばかりに美麗に微笑む。
彼が垂らした極上ステーキの餌に食いつくノリで、今日、私は彼の妻を約束した。
一応、ひとつ確認しておくことがある。
夫婦生活の中で、もしかしたら私たちは究極破滅的に合わない可能性だってある。
初対面で婚約成立となれば、彼のことは全く知らないのだから当たり前だ。
「もし、私たちの相性が悪ければ、もちろん離婚も有り得ますよね?」
私が言うと、一条さんは何故か楽しそうに笑った。
そんなに面白いことを言った覚えはない。
嫌な予感がする。
「離婚は有り得ない。俺とお前は一生を添いとげることに決まった。チャラはなしだ」
サーっと血の気が引いた。
私は、とんでもない野郎と結婚を決めてしまったのかもしれない。
「安心しろ。必ずうまくいく。お前が音を上げて家出をするような夫婦生活にはしない。
なんていったって、俺はお前が――」
「お前が……なによ」
どっから来るのかさっぱりの自信を露わにしたくせに、言いかけて辞めるとは何事なの。
「いや、なんでもない。 それより、今後について話し合おう。俺たちはほぼ初対面だからな。知らないこともそれなりにあるかもしれない。デートをたくさんして、お互いの理解を深め合おうじゃないか」
ほぼっていうか完璧初対面だし、知らないことなんかそれなりにどころか、知っていることが無いわ。
それに、デートをたくさん?
今しがた、私生活に干渉はしないとか言ってたのに、プライベートを共に過ごす未来、当たり前に見ちゃってるの?
色々とおかしな所が連発している。
「あの、一条さん? 私、あなたとデートなんかしませんよ?」
「お前も一条になるんだ。名前で呼べ。できれば呼び捨てがいいな」
ちょっと、話を聞きなさいよ。
「分かった。蒼泉! 私はあなたと、仲良くなる気はないからね?」
「お前の口から俺の名前……悪くない」
な、何こいつ?
なんで話聞かないの。
「これからよろしく。あやめ」
一条蒼泉。
私はやっぱりとんでもない人をダンナに決めてしまったのかもしれない。
そして私は、自分がいかにチョロいかを知ってしまった。
蒼泉の不敵な笑みを目の前に、早くも、超猛スピード婚約の将来に不安を抱くのだった。