DOLCE VITA  ~ コワモテな彼との甘い日々
始まりは、引っ越し蕎麦

未だ夏の終わりは見えない八月半ばの日曜日。

老舗のケーキ屋に勤めているため、休みは店休日の月曜日。週末こそ忙しい。
とはいえ、職場までは歩いて十分の距離なので、九時半に家を出れば、十時の開店には余裕で間に合う。

だから、アラームはいつもどおり八時半にスヌーズでセットしていた。
一度眠りについたらアラームが鳴り響くまで熟睡してしまう性質で、滅多なことでは途中で目が覚めたりしない。


ところが、その日はアラームが鳴る前、八時に目が覚めた。


何かを落とすような鈍い音。人が歩き回るような足音。くぐもった声。
聞き慣れぬ物音が、玄関のドアや壁越しに伝わってくる。


(何なの、こんな時間に? まさか、引っ越し……?)


五階建ての単身者用マンションは、日当たりもよく、住宅街と駅前の繁華街のちょうど中間くらいの立地。
安眠を妨げる車や電車の騒音とも無縁。
駅から歩いて三十分はかかるため、お家賃もお手頃価格。

三階の角部屋で、隣室はずっと空室のまま。

引っ越してきたとき、信じられないほどの幸運に感謝したのだが……。

ベッドから降りて、通りに面している窓から地上を見下ろせば、路肩に一台の軽トラックが停まっていた。
むき出しの荷台には、洗濯機や冷蔵庫、キャビネットといった家電や家具の姿がある。

土日に引っ越しをするのは少しも不思議ではないが、春の引っ越しシーズンならまだしも、この時期、朝の八時は早すぎるだろう。

住民から苦情が出てもおかしくないと思いかけ、あることに気がついた。


(ああ、業者じゃなくて、友だちとかに頼んでるからかも?)


マンションのエントランスと軽トラックを行き来している男性たちは、Tシャツにジーンズという軽装。引っ越し業者のような揃いの作業服姿ではない。

が、テキパキと出際よく荷物を下ろして運んでいく様は、ド素人には見えなかった。
肉体労働に慣れているようだ。

キビキビと動く人たちを眺めているのはちょっと楽しかったが、ぼーっとしていられるほど時間に余裕があるわけでもなかった。

< 1 / 104 >

この作品をシェア

pagetop