DOLCE VITA ~ コワモテな彼との甘い日々
「長い間、ご愛顧いただきありがとうございました」
「お疲れ様でした。どうぞ、お身体にお気をつけて」
凛とした背中を見送って、お店のドアにもう裏返すことのない「CLOSED」の札をかけた。
がらんとした棚やショーケースに商品が並ぶことも、二度とない。
最後にお店の中を掃き清め、レジの清算をする。
できるかぎり常連さんの要望に応えようと、オーナーが普段の二倍の商品を用意したので、売上も二倍だ。
「おつかれさま。ももちゃん」
「おつかれさまでした」
「噂の辛島さん本人に会えなくて、残念だったね」
「いえ、でも奥さんには会えたので」
「結婚していたなんて知らなかったけど、別嬪さんだったねぇ。こんな花束までくれて」
本日最後のお客さんは、大量の予約注文をしたあの「辛島さん」だった。
どうしてもひと目見たくて、彼が来るまで待ちたいと塩原夫妻にもお願いしていたところ、閉店五分前に目の覚めるような美女が代理だといって現れた。
身体にぴったりあった黒のスーツを身にまとい、タイトスカートからスラリと伸びた足にハイヒールがよく似合っていて、手入れの行き届いたきれいな手、その左の薬指にはプラチナの指輪が光っていた。
彼女は、積み上げられた大量の箱に呆れ顔だったが、オーナーへ渡してほしいと頼まれたと言って、ひまわりをメインにしたすてきな花束を置いて行った。
花束には、『長年、美味しいケーキをありがとうございました』と手書きのメッセージが記されたカードが付いていて、塩原さん夫婦をホロリとさせた。
「引っ越し、来週ですよね? 荷造りとか片付けとか、手が必要ならいつでも呼んでくださいね?」
「ありがとう。捨てようにも捨てられないものが多くて。ゆっくりする暇もないわ」
「最終的には、とりあえず全部箱に詰めることになりそうだよ」
笑いながらそう言う塩原さん夫妻だが、その目は潤んでいた。
たくさんの思い出が詰まった家を去るのだ。
たとえそれが幸せな再出発のためだとしても、感慨深いものがあるだろう。
「お世話になりました」
「こちらこそ」
深々と一礼し、もう辿ることのない道へ踏み出す。