DOLCE VITA ~ コワモテな彼との甘い日々
柚子が向かった先は、スポーツバーではなく、カラオケルーム。
防音の効いた部屋に入るなり、彼女は大声で叫んだ。
「あーっ! ムカツクっ! あんなんじゃ言い足りないくらいよっ!」
「柚子……ありがとうね。ところで、本当に妊娠した時にはって……」
わたしを守ろうとしてくれた彼女の気持ちは嬉しかったが、気になるひと言もあった。
「あれ、ね。桃果にイヤなこと思い出させるのもどうかと思って、黙っていたんだけど……石田さんの妊娠はブラフ。真っ赤な嘘だったのよ」
「え……?」
「彼女の友だちが、結婚式の二次会で酔っ払って、うっかり暴露したらしいわ。いつまでも、あの男が桃果と別れようとしないから、最終手段を使ったんだって」
「は?」
「あの男も、妊娠については疑っていたみたいだけれど、二股しているのが専務にバレて、責任取れって言われたらしいわ。彼女、専務の姪っ子なのよ」
「…………」
開いた口が塞がらないとは、正にこのことだ。
「だからね、桃果。くだらないヤツラとさっさと離れて正解なのよ! さ、歌うよっ!」
彼女が妊娠していようがしていまいが、元カレが浮気したのは事実。
結婚したのも事実。
いまさら何とも思わない。
あんな人たち、涙を流す価値もない。
だから、泣いたりしない。
「柚子。歌う前に、ビール頼みたい」
「お、そうだった!」
「飲み放題でもいい?」
「もちろんよっ!」
それから二時間。
歌い疲れてカラオケルームを出たのは、夜八時。
夜はまだこれから、という時間だったが、すでにわたしも柚子も千鳥足どころかへべれけ状態。
タクシーで帰宅するという柚子に便乗し、送ってもらわなければ、たぶん帰り着けなかっただろう。
それでも、マンションに着く頃には酔いが醒め、タクシーを降りるなり、隣にあるコンビニでビールや酎ハイを買い込んだ。
胸につかえているものを洗い流すには、泣くのが一番だった。
でも、柚子の前ではもう泣きたくなかった。
彼女には、半年前にさんざん心配をかけた。
ひとりで泣くのに言い訳も理由も必要ないけれど、「彼ら」のせいにするのは悔しくて、酔っ払ったという言い訳がほしかった。