DOLCE VITA  ~ コワモテな彼との甘い日々


エレベーターで三階まで上がり、いつもよりだいぶ傾いでいるように思われる通路を奥へと進む。

俯いていた視界が、ふいに陰った。

はっとして顔を上げれば、目前に迫る黒い物体。

咄嗟に仰け反り、たたらを踏み、しかし酔いに弱った足腰では身体を支えきれず、冷たいコンクリートの上に倒れ込む。



「いったぁ……」



アルコールのおかげで衝撃はあまり感じなかったものの、したたかに打ち付けたお尻や肘は、涙目になるくらいには痛かった。


「す、すまんっ! 大丈夫か?」


ドアの陰から現れたのは、大男。
二度目のご対面となる、正体不明のお隣さんだ。

オールバックではなく、寝癖なのか無造作なのか判別が難しい髪型をしているが、ひと睨みで相手を黙らせる目力は健在。
迷彩柄のカーゴパンツに黒のTシャツという姿は、彼のコワモテ具合をほんの少しだけ緩和しているが、筋肉が盛り上がった腕や厚い胸板は圧巻。

これを相手に、喧嘩を売ろうとする人間はいるまい。

ただし、柚子は除く。


「立てるか?」

「え、ああ、はい」


頷き、差し出された手を取る。


(大きくて……ゴツゴツしてる)


ペン以外のものに馴染んでいると思われる手は、大きくて、温かい。

ぎゅっと握りしめられ、ぐいっと引き上げられ、そのまま広い胸に激突した。


「うっ」


予想以上に固い胸板に打ち付けた鼻が痛い。


(鼻が……折れそうなんだけど)


「ん? 酔ってるのか。それなのに、さらに飲むつもりか?」


フラつくわたしの腕を掴んで立たせた彼は、通路に転がる缶ビールや酎ハイを見下ろし、眉根を寄せる。

一文字の凛々しい眉だな、なんてことを考えていたら、身体が浮いた。


「きゃっ」


片腕で軽々と縦抱きにされ、お尻は彼の前腕筋の上に乗っかっていた。

お姫さま抱っこならぬ、お子さま抱っこ。ロマンチックの欠片もない扱いだ。


「部屋の鍵は?」

「カバンの中」


恐怖心ゆえか、彼の質問にはなぜか素直に答えてしまう。

差し出したカバンの中に手を突っ込んだ彼は、革素材にレースが縫い付けられた黄色のキーケースを取り出す。

彼が手にすると違和感ありまくりだが、わたしのお気に入りだ。

頑丈なディンプルキーも、彼の指にかかればひと捻りで折れ曲がりそう……なんてことを考えている間にドアが開き、そのまま室内へ。

ソファーに下ろされ、


「ちょっと待ってろ。転がってる酒を拾って、引っ越しの挨拶の品と土産を持ってくるから」


と言われて頷く。

再び戻って来た彼が、まめまめしく冷蔵庫に缶ビールたちを入れ、テーブルの上にタオルとカラフルな猫の置物、ケーキが入っていると思われる箱を積み上げるのを見て、ようやく現在の状況を疑問に思った。


「あの……」

「挨拶が遅くなってしまって、申し訳ない。急な仕事が入って、戻れなくなってしまったんだ。で、引っ越し挨拶のタオルだが、カバのキャラクターがかわいらしかったので、これにした。こっちの置物は、バリ土産だ。あちらでは猫は神様の化身とされている。それと、エクレア。疲れている時には、甘いものが食べたくなるだろう? 女子は甘いものが好きだし」


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