DOLCE VITA ~ コワモテな彼との甘い日々
昼下がりのカフェ。
目の前に座る同棲していた恋人と入社一年目の後輩。
自分は、この人たちの何を見て、何を知っていたのだろうと自問自答した日のことを思い出しそうになり、無理やり思考をシャットダウンした。
(もう忘れることにしたでしょう? 一日の始まりは前向きに、気持ちよくいかなきゃ!)
俯きそうになる自分を叱咤し、顔を上げ、玄関のドアを出る。
案の定、隣の部屋のドアは開け放しになっていて、若い男性が出たり入ったりしていた。
白い手拭いを被っていたり、野球帽のツバを後ろに向きにして被っていたり。
Tシャツもジーンズも、色やデザインは様々で、日に焼けたむき出しの逞しい腕にはタトゥーが覗く。
ドキリとしたが、いまどき「おしゃれタトゥー」を入れている若者も珍しくない、と偏見を抱きそうになる己を叱りつける。
「トラさぁん、これどこに置きますか?」
「適当に置け」
「これ、本当に使うんすか? 穴、開いてんじゃん。ふつーにベッド買ったらどうっすか? 彼女に逃げられますよ?」
「うるせぇな、タツ。そいつは、数々の修羅場を共に潜り抜けてきた戦友だ! 捨てられるかっ」
「戦友……大げさな。ただの小汚ねぇ寝袋じゃん」
「いんだよ、タツ。トラさんには、連れ込むような女はいねぇんだから。破けた寝袋が寝床だろうと、ウサギのぬいぐるみを抱いて寝ていようと、問題ナイナイ」
「なっ! 誰がウサギのぬいぐるみなんか抱くかっ! 俺はクマ派だ!」
「なるほどー。同族のほうが落ち着くってことっすね? ヤスにぃ」
「そういうことだな」
「おまえらなぁっ!」
漏れ聞こえる遣り取りは、見た目から受ける印象を肯定するように荒々しいが、会話の中身はコントのようだ。
(お隣さん、いったい何をしている人なんだろう? トラさんと言えば、あの有名な旅するトラさんしか思い浮かばないんだけど。言葉や声は凶悪そうな雰囲気だけど……)
大都会ではないこの街でも、引っ越しの挨拶をする習慣は廃れている。
顔を合わせることのないまま、何年も同じマンションに住んでいることだって珍しくない。
しかし、住人同士のトラブルが大きな事件に発展した、なんて報道もなくはないご時世だ。
ストーカーをされるような美貌は持ち合わせていないのでその辺は心配していないが、変人となると……。
(まぁ、何かあったらその時に対処すればいいか)