DOLCE VITA  ~ コワモテな彼との甘い日々
起きていないことを心配したところで、対処のしようがない。

楽観的に考えることにして、なんとなく静か―に隣の部屋の前を素通りしようとした時、いきなり呼び止められた。


「あ、ちょっとアンタっ!」

「ひっ」


先ほどから、若者たちを怒鳴りつけていたダミ声に飛び上がる。


「隣の人だよな?」

「は、はいぃ……」


恐る恐る半身だけ振り返ると、そこには黒々とした髪をオールバックにし、こんがり日焼けしたブラックスーツ姿の男性が。


(お、大きっ……こ、怖っ)


ビジネススーツを着た男性は見慣れていたが、彼のような人には会ったことがなかった。

ドアから普通に入れるのだろうかと心配したくなるほど、背が高い。おそらく百九十センチは超えている。
しかも、仕立てのいいスーツを着こなす体は逞しい……というよりガタイがいい。

ラグビーなら、まちがいなくフォワードに配置されるだろう。

目尻にはシワがあるものの、白髪もないし、肌に艶もある。三十代半ばくらいと思われる。

が、シングルではなくダブルのスーツも着こなせそうな貫禄が滲み出ていた。

距離は十分あるはずなのに後退りしたくなるのは、身体の大きさのせいだけではない。
二重の大きな瞳。ひと睨みで相手を縮み上がらせるに、十分な目力だ。

通りですれちがう時、絶対に目を合わせたくないタイプ。
なのに、ついうっかり目を合わせてしまい、逸らせなくなる。


「すまん、こんな時間に騒がしくして。どうしてもこの時間帯しか、身体が空かなかったもんで」


謝罪されているにもかかわらず、脅されているように感じてしまうのは、こちらの勝手な思い込み。先入観にすぎない。

わかっている。
わかってるのだ。
しかし、わかっていても……


(こ、怖いぃぃっ)


「い、いえっ! ぜんぜん、大丈夫ですからっ! 休みではなく、仕事なので! ですから、お気になさらずにっ!」

「夜までには終わっていると思うんで。引っ越しの挨拶は、また改めて」

(あ、挨拶……もしや、それはなんとかを切る的な……)


祖母がよく鑑賞していた任侠映画の一場面が脳裏を過る。


「あんた、蕎麦は好きか?」

「え。あ、はい。ごま蕎麦が好きです」

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