DOLCE VITA ~ コワモテな彼との甘い日々
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車を運転しないわたしには、カーナビが導く先がどこなのか、皆目見当もつかなかった。
途中、高速道路に乗り入れて、パーキングエリアで昼食や休憩を取り、再び一般道を走り始めたのは夕暮れ間近。
かなりの田舎に来たらしく、街の明かりはほんの十五分で消え去り、頼りない街灯の照らす道に人の姿はなく、すれちがう車さえいない。
田舎ならどこにでもあるようなのどかな風景は、しかしどこか懐かしく、もどかしい思いをしながら記憶を引っ掻き回す。
演歌が似合いそうなのに、車の中に流れるのは静かなクラシック音楽。
音楽鑑賞が趣味なのかと訊けば、趣味はオペラ鑑賞だと冗談なのか本気なのかわからない答えが返ってくる。
最後のコンビニで買ったコーヒーもすっかり温くなり、ひたひたと押し寄せる夜の口に飛び込むようにして、長いトンネルを走り続けた先。
そこには、思い出したくて、思い出せずにいた景色が広がっていた。
(ここ……)
山の側面を九十九折りに下り、道端に散らばる家とも小屋ともつかぬ建物の合間をすり抜けて、記憶にあるものよりもだいぶくたびれた印象の宿に辿り着く。
無舗装の駐車場には、地元民と思われる三台の軽トラックと一台のオフロードタイプのバイクがある。
車を降り、先を行く大きな背中を追いかけて、反応の鈍い自動ドアを潜ればふわりと檜の香りがした。
「いらっしゃいませ」
明るい声で出迎えたのは、見覚えのない若い女性だ。
宿の名前は変わっていないが、わたしが村を離れたあと、民間会社に経営を委託したと聞いたような記憶がある。
「先ほどお電話させていただいた、辛島です」
「辛島さま、お待ちしておりました。すぐにお部屋へご案内いたしますね?」
「え」
どういうことかと問う間もなく、奥へと続く廊下の入り口に四十代くらいの男性が現れた。
「こちらへどうぞ」
子どもの頃、何度も利用していたが、大浴場と客室は別棟になっている。
奥へ奥へと延びる通路は見知らぬもので、暗めの照明に何となく不安を覚え、無意識に隣を歩く辛島さんに身を寄せていた。
「そんなビクビクしなくても。子どもの頃、悪さでもしたことがあるのか?」
「ないですっ! 大浴場は別棟だから、こっちに入るのは初めてで……」
「お客さま、以前もご利用いただいたことが?」
振り返った男性の人懐こい笑みは、どこか見覚えがある。