DOLCE VITA ~ コワモテな彼との甘い日々
『そう、俺。久しぶり、桃果』
「な……んで」
どうして電話を架けて来たのか、その目的にまるで見当がつかなかった。
絶句するわたしに、電話の向こうの優也は笑う。
『そう、警戒しなくてもいいだろ? 知らない仲じゃないんだし』
ありもしないものを匂わせるような彼の口調に、つい言い返してしまった。
「知り合いだったと思いたくもない仲だけれど」
一瞬の沈黙の後、嘲りを含んだ声が聞こえた。
『ずいぶん、気が強くなったな? 桃果。金持ちの愛人になって、妙な自信を付けたのかよ?』
「なっ……愛人っ!?」
『西園寺建設の御曹司と付き合ってるんだろう?』
「え……?」
『さっき、安酸さんの結婚式帰りの営業部長に会った。いかにもワケアリっぽかったって、言ってたよ』
柚子の結婚式には、ごく限られた人数ではあるが、会社関係者も招かれていた。
彼女は退職していても、彼女のご両親が経営する会社との取引は続いているだろう。
営業部長が同じ会場にいたとしても、不思議ではない。
その姿をわたしが見かけずに済んだのは、柚子が配慮してくれていたからだと思われる。
『たぶん、誰も親身になって忠告なんかしてくれないだろうから、俺からアドバイスした方がいいんじゃないかと思って』
「アドバイス……?」
『西園寺の次期社長とも言われているような男が、桃果のような女を本気で相手にするわけない。さっさと身を引いた方がいい。そのうち飽きて、捨てられるだけだ』
「どういう……意味……?」
『金も地位もあって、女に不自由していないのに、桃果みたいな女を選ぶなんて、ただの気まぐれだ。家事なんて、家政婦を雇えばいいだけだ。結婚は、それなりにメリットのある相手じゃないと意味がないんだよ。桃果を選ぶ必要なんかない。桃果程度の女は、いくらでも……』
そんなことはないと言い返せばいいのに、声が出ない。
切ってしまえばいいのに、強張った手が思うように動かない。
優也は、なおも何かを話し続けていたが、来客を告げるチャイムの音で我に返り、電話を切ると電源を落とした。