DOLCE VITA ~ コワモテな彼との甘い日々
たぶん、わたしたちは同じ未来を見ていたと思う。
昨日までは――。
昨日なら、毒を含んだ優也の言葉に耳を貸すことなく、彼がこれから告げようとしている言葉に、素直に頷いただろう。
「俺は、もかと結婚したい」
何も言えずに固まっているわたしを見つめ、辛島さんは太い眉を八の字にして、彼らしくない弱々しい笑みを浮かべた。
「けど、いまのアンタは、『うん』って言わねぇんだろうな」
誰の目にも触れないように心の奥にしまっていることも、わたし自身が気づいていないことさえも、彼はいつだって見抜いてしまう。
「……ご、ごめんなさい……わ、わたしっ」
泣くつもりなどなかったのに、勝手に涙があふれた。
「謝んなって」
大きな手が優しく頭を撫でるから、ますます涙が止まらなくなる。
「梅乃との繋がりは残るだろうけど、引っ越しちまえば顔を合わせることもなくなんだろ」
「ち、が……」
「まあ、キレイさっぱり諦めるには、多少時間はかかるかもしれねぇが。ストーカーにはならねぇよう気をつける」
勝手に別れ話を勧める辛島さんの胸を思い切り叩いた。
「ちがうのっ! 別れたいとか、そういうことじゃなくてっ……まさか、あんな大きな会社の偉い人だなんて思っていなかったからっ! だから、びっくりして、それでっ……」
彼の気持ちを疑っているわけではない。
勝手に想像し、勝手に不安になっているだけだ。
知ったばかりの事実をどう受け止めればいいのか、混乱しているだけだ。
そう頭では理解しているのに、一度心に巣食った不安は消えてくれない。
「戸惑ってるだけなの……」
「じゃあ……嫌いになったわけじゃない?」
「そんなにすぐに、好きになったり、嫌いになったりできるわけないじゃない」
「じゃあ……これまでどおり、もかもメシも食っていいんだな?」
ほっとしたように頬を緩ませるのを見て、ズキリと胸が痛んだ。
「……わたしを餌扱いしないで」
「もかは、餌より美味いよ」
嘘は、吐いていない。
彼のことを嫌いになどなれない。
唇を重ねれば、それだけで心も身体も満たされる。
手放したくない。手放すつもりもない。
けれど、「絶対に」とは言えなくなっていた。