DOLCE VITA  ~ コワモテな彼との甘い日々


たぶん、わたしたちは同じ未来を見ていたと思う。

昨日までは――。

昨日なら、毒を含んだ優也の言葉に耳を貸すことなく、彼がこれから告げようとしている言葉に、素直に頷いただろう。


「俺は、もかと結婚したい」


何も言えずに固まっているわたしを見つめ、辛島さんは太い眉を八の字にして、彼らしくない弱々しい笑みを浮かべた。


「けど、いまのアンタは、『うん』って言わねぇんだろうな」


誰の目にも触れないように心の奥にしまっていることも、わたし自身が気づいていないことさえも、彼はいつだって見抜いてしまう。


「……ご、ごめんなさい……わ、わたしっ」


泣くつもりなどなかったのに、勝手に涙があふれた。


「謝んなって」


大きな手が優しく頭を撫でるから、ますます涙が止まらなくなる。


「梅乃との繋がりは残るだろうけど、引っ越しちまえば顔を合わせることもなくなんだろ」

「ち、が……」

「まあ、キレイさっぱり諦めるには、多少時間はかかるかもしれねぇが。ストーカーにはならねぇよう気をつける」


勝手に別れ話を勧める辛島さんの胸を思い切り叩いた。


「ちがうのっ! 別れたいとか、そういうことじゃなくてっ……まさか、あんな大きな会社の偉い人だなんて思っていなかったからっ! だから、びっくりして、それでっ……」


彼の気持ちを疑っているわけではない。

勝手に想像し、勝手に不安になっているだけだ。
知ったばかりの事実をどう受け止めればいいのか、混乱しているだけだ。

そう頭では理解しているのに、一度心に巣食った不安は消えてくれない。


「戸惑ってるだけなの……」

「じゃあ……嫌いになったわけじゃない?」

「そんなにすぐに、好きになったり、嫌いになったりできるわけないじゃない」

「じゃあ……これまでどおり、もかもメシも食っていいんだな?」


ほっとしたように頬を緩ませるのを見て、ズキリと胸が痛んだ。


「……わたしを餌扱いしないで」

「もかは、餌より美味いよ」



嘘は、吐いていない。
彼のことを嫌いになどなれない。
唇を重ねれば、それだけで心も身体も満たされる。
手放したくない。手放すつもりもない。



けれど、「絶対に」とは言えなくなっていた。


< 87 / 104 >

この作品をシェア

pagetop