DOLCE VITA ~ コワモテな彼との甘い日々
「……大人をからかわないのっ!」
「大人って……俺と姐さん、たいして年変わんないっすよ? 俺、二十六っすから」
「え、うそっ!」
「嘘じゃないっす。ほら、これ免許証。姐さんが老けてるだ……ああいや、俺がガキっぽいんで」
わたしの無言の圧力を感じたのか、ヤスにぃは素直に訂正する。
確かに、目の前にかざされた免許証に記載の生年月日は、わたしより二つ若いだけだった。
「それで……トラさ……辛島さん、どんな風に調子が悪いの?」
病気ではなくとも、心配は心配だ。
「それが、寝ても覚めても『もかもか』呟いてて」
「は?」
「それを聞きつけたトラさん狙いの女狐が、勘違いしてハンドドリップのモカコーヒーなんか出しちまって。そのせいで、秘書の田島さんが、あ、めちゃくちゃ怖ぇ女秘書ね、ケーキ屋走るはめになって。とばっちりで、俺が田島さんにシャネルのバッグ貢がされて。んで、トラさんが失恋したと噂で聞いたタヌキオヤジが、見合いを仕組んで」
「えっ! み、見合い?」
「何も知らずに、うまい飯が食えると思ってほくほくして料亭に行ったトラさんが、ハメられたことに激怒して。んで、ビビった見合い相手が泣きながら逃げ出して。むこうの親が激怒して。隼人さんが平謝りに謝って。タツがとばっちりで、隼人さんのはしご酒に付き合わされて。酔っ払った隼人さんが、オカマバーでお持ち帰りされそうになって。駆けつけた隼人さんの奥さん――柚子姉貴に、タツのやつが関節キメられて」
「ええっ」
「ま、気絶する前に解放されたんっすけど」
「よ、よかった……」
「とにかく、みんな大迷惑してるんっすよ」
「…………」
「あの図体でウロチョロされるのが鬱陶しいのはわかるんっすけど、あのひと、心底、姐さんに惚れてるんです。そこんとこ、汲んでやってくれませんかねぇ?」
「ごめんなさい。わかってるの。辛島さんは、何も悪くないって。でも、わたし……あの、ごめんなさい……」
辛島さんは、何も変わっていない。
なかなか会えないのも、素っ気ないくらいの遣り取りをするのも、彼の正体を知る前と同じだ。
向き合えないのは、あくまでもわたしの問題で、彼にどうこうしてもらうようなことではなかった。
そんなわたしに苛立ったのか、大きな溜息を吐いたヤスにぃは、突然思いもよらぬことを言い出した。
「あのさ、姐さん。身分がどうのとか、格差がどうのとか気にしてるんだったら、トラさんは、次期社長……代表取締役社長には、ならないっすよ? タヌキオヤジの跡を継ぐのは、俺なんで」