人気声優が激甘ボイスを囁くのは私だけ。
チョコを口に放り込む手をとめないで天くんは言う。
「あ、食べますか?おいしいですよ」
私がチョコを食べたいと思ったのか天くんは私にチョコを数粒、差し出してきた。
「え?あ、あぁ。いいよ、大丈夫。天くんが食べて」
「いや、いいですよ。ドーナツといつも奢ってくれるお礼…にもなりませんけど。どうぞ」
天くんは苦笑しながら言う。私は「それじゃあ…」と天くんの手から一粒、チョコを貰おうと手を伸ばした。
「あ。そうだ」
そんな私の腕が、天くんの白い手に掴まれる。
「えっ?」
「あすかさん。収録終わったらで、いいですか?」
「なっ、なにが?」
意味が分からなくて聞き返す。天くんは言いにくそうに視線を泳がせている。耳が少し赤くなっていた。
「チョコです。渡すの、収録後でいいですか?」
「え。あ、あぁ。そんなことか。全然いいよ。大丈夫」
ちょっと拍子抜けしながら私は天くんに伝える。天くんはほっと、安心したようにほほえんだ。「ありがとうございます」と言ってくる。
「あはは。いーえ」
そのやり取りがなんだか面白くて笑ってしまう。天くんはなんで私が笑っているのか分からなくて、いぶかしげな表情を作る。
「……?」
「ん?なんか面白くて。あったかいなーって」
天くんは首を傾げる。その仕草が子供っぽくて、かわいくて。もっと笑ってしまう。
「あ、あったかいってなん、ですかっ……?」
「天くんが弟みたいで。かわいいと思って」
笑いをこらえながら言う。それを見て機嫌を悪くしたのか、天くんはムッとした顔を見せた。
「弟ってなんですか」
いつになく真剣な声。真剣で………冷たい、声。
「僕はあすかさんにとって弟でしかないんですか?」
「え……天くん……?」
周りには聞こえない、小さな声で言葉を紡ぐ天くん。視線を逸らそうとしても「こっち見てください」と言われ、逸らすことができない。
「…………」
「…………」
落ちる沈黙。視線が交差し合う。―――すると。
ふっ、と天くんが顔に笑みを刻んた。
「まぁ、今はいいです。弁解は後でたっぷりと聞きます」
そういうと、天くんはまばたきをした。彼の顔から真剣さが消え、いつものいたずらっ子の表情を見せた。
「いいですね?」
「は………はいっ」
やっとのことで私は頷く。それを見て天くんは満足げにうんうんと頭を振った。
「城野くーんっ」
天くんの名前が呼ばれる。ディレクションが入ったのだ。「はーいっ」
と返事をし、天くんはスタッフの元へ駆け出す。
(さっきの天くん、なんだか………)
―――大人、だった。
いつものかわいくて、からかい好きな天くんじゃなかった。ぐんと、大人びて見えた。
(天くんと年、そんなに変わらないこと知ってるはずなのに……)
胸が高鳴るのを抑えられない。鼓動が早く音を刻んでいく。胸元のシャツをそっと抑えて、軽く目を閉じる。そして深呼吸。
澄んだ空気が体に巡るのを意識して感じながら息を吸う。酸素を取り込むたびに、体の火照りが引いていく。
「あすかちゃん」
「……?みっ、美月さん!?」
マネージャーさんとの確認が終わったのか、美月さんが話しかけてきた。
いきなりのことでびっくりしてしまう。
「さっき、ちょっと顔赤かったよね?大丈夫?」
「え……あ、はい。大丈夫です。すみません」
ならいいんだけど、と美月さんは呟く。言葉を探しているようだ。
「………あすかちゃん」
「はいっ?」
「あなたは今、重要な時期だから。これからの人生が、大きくて左右されるとき………だから。芸能人として見られてるってこと、ちゃんと頭に置いておくんだよ?」
遠回しな美月さんの言い方でも、十分分かった。私は「はい」と頷く。美月さんは困ったように微笑んだ。しかし、すぐにいつもの人をとりこにする笑顔を作る。
「でも、そっかそっか。おばちゃんはそういう話、大好きだから。いくらでも相談してね?」
「おばちゃんって……美月さん、まだまだお若いじゃないですか」
そうかな、と美月さんは笑う。
「25は、もう…ね。いいとこだから。あすかちゃんは?」
「19です」
「わっかいねぇ。若い、若い」
美月さんはぐっと伸びをした。私はそっと目を伏せる。
声の世界で第一線で長い間活躍されている方の言葉には、重みがあった。分かっていた。人に見られる仕事だ、どうしても自由は制限されてしまう。十分理解して、飛び込んだ世界…なのに。
(実際に言葉に出されると……なんか。自分は分かっていなかったんだなぁって、改めて感じる…)
「ま、あすかちゃんは私の妹みたいなかんじだから。私も喜んで協力させていただきますよ?」
「あ、ありがとうございます…」
私は礼をする。美月さんが入れ替わりの多い芸能界でずっと地位を保っている理由が、分かった気がした。
そのあと、私はたまたま収録に村人役として参加していた養成所時代の友達と少し話した。彼女は今年、事務所に上がれなかったら声優の夢を諦めるかもしれないと話していた。
「あすかちゃん、ほんとすごいよ。私より下なのに主役取って……がんばってね、応援してるから」
「ありがとう………未緒も、がんばってね」
彼女は今年で21になる。家族の反対を押切って上京し、バイトをしながら声の活動をしている。しかし、そろそろ定職につかないといけないと自分でも思い始めたという。
「いつまでも夢見てたらダメだよね、踏ん切りつけて…諦めないと」
悲しそうにぽつぽつと言葉を紡ぐ未緒。なんと声をかければいいのか分からなかった。
「でも…うん。城野さんと……『てんてん』と一緒に仕事したって自慢できるし、破れちゃったけど、夢を追いかけられてよかったわ」
そう言って、未緒は熱心にスタッフさんと話す天くんを見つめる。私は苦笑した。
『てんてん』は天くんの愛称だ。最初は『しろてん』、『しろのん』など色々と呼ばれていたらしいが、最近になって『てんてん』に統一されてきたという。事務所もそれを公認しているらしく、天くんの公式SNSでもたびたび『てんてん』の文字をハッシュタグに入れて投稿しているのを見る。
未緒は、天くんが初めての名前のついた役をもらったアニメで彼のファンになったらしい。「あんなカッコいい見た目なのに言動が幼くてかわいすぎる!!」と興奮気味でよく話してくる。
「未緒、天くんの表紙の雑誌買ったんだよね。先月のだっけ」
「そりゃあもちろん。コンセプトが神すぎて。あざとい系!!あざといにてんて…し、城野さん?ってやばくない!?」
「あざといねぇ…確かに合うわ、天くんに」
未緒とこそこそ天くん談義しながら私はふと思い出す。
(天くんがメディア出演したときは、トレンドに「#てんてん尊すぎる」とか「#てんてん保護したい」とかよく見るもんなぁ……)
この仕事で共演するとなったとき、私は天くんについてひと通り調べた。もちろん、彼のSNSも。そこで彼のフォロワー数の多さに目を見開いて驚いたのだった。私がぽつぽつ運営しているの(約3000人)よりも100倍ほど数が多かった(約30万人)。芸歴を含めて考えると、ものすごい伸びぐあいだ。
主に写真を投稿するツールでは、加工アプリもなにも使っていないのに整っている顔を惜しみなく世に出している。しかし、本人はあまり写真は好きじゃないと言っていた。更新頻度を上げないと人が離れると会社が豪語するため、仕方なく撮っているそうだ。
文章を投稿する方では、出演する番組や書籍などの情報をばんばん発信していた。もちろん本人の呟きも多い。何気ない一言にもたくさんのファンが反応していた。
「あすかはて…し、城野さん?のアカウント、フォローしないの?」
「あっ」
未緒のその声に、そういえばしていなかったことを思い出す。
「主演同士なんだし、フォローしてもなんの問題もないと思うけど」
「そう、かな…。じゃあ、後で聞いてみるね」
「あ、食べますか?おいしいですよ」
私がチョコを食べたいと思ったのか天くんは私にチョコを数粒、差し出してきた。
「え?あ、あぁ。いいよ、大丈夫。天くんが食べて」
「いや、いいですよ。ドーナツといつも奢ってくれるお礼…にもなりませんけど。どうぞ」
天くんは苦笑しながら言う。私は「それじゃあ…」と天くんの手から一粒、チョコを貰おうと手を伸ばした。
「あ。そうだ」
そんな私の腕が、天くんの白い手に掴まれる。
「えっ?」
「あすかさん。収録終わったらで、いいですか?」
「なっ、なにが?」
意味が分からなくて聞き返す。天くんは言いにくそうに視線を泳がせている。耳が少し赤くなっていた。
「チョコです。渡すの、収録後でいいですか?」
「え。あ、あぁ。そんなことか。全然いいよ。大丈夫」
ちょっと拍子抜けしながら私は天くんに伝える。天くんはほっと、安心したようにほほえんだ。「ありがとうございます」と言ってくる。
「あはは。いーえ」
そのやり取りがなんだか面白くて笑ってしまう。天くんはなんで私が笑っているのか分からなくて、いぶかしげな表情を作る。
「……?」
「ん?なんか面白くて。あったかいなーって」
天くんは首を傾げる。その仕草が子供っぽくて、かわいくて。もっと笑ってしまう。
「あ、あったかいってなん、ですかっ……?」
「天くんが弟みたいで。かわいいと思って」
笑いをこらえながら言う。それを見て機嫌を悪くしたのか、天くんはムッとした顔を見せた。
「弟ってなんですか」
いつになく真剣な声。真剣で………冷たい、声。
「僕はあすかさんにとって弟でしかないんですか?」
「え……天くん……?」
周りには聞こえない、小さな声で言葉を紡ぐ天くん。視線を逸らそうとしても「こっち見てください」と言われ、逸らすことができない。
「…………」
「…………」
落ちる沈黙。視線が交差し合う。―――すると。
ふっ、と天くんが顔に笑みを刻んた。
「まぁ、今はいいです。弁解は後でたっぷりと聞きます」
そういうと、天くんはまばたきをした。彼の顔から真剣さが消え、いつものいたずらっ子の表情を見せた。
「いいですね?」
「は………はいっ」
やっとのことで私は頷く。それを見て天くんは満足げにうんうんと頭を振った。
「城野くーんっ」
天くんの名前が呼ばれる。ディレクションが入ったのだ。「はーいっ」
と返事をし、天くんはスタッフの元へ駆け出す。
(さっきの天くん、なんだか………)
―――大人、だった。
いつものかわいくて、からかい好きな天くんじゃなかった。ぐんと、大人びて見えた。
(天くんと年、そんなに変わらないこと知ってるはずなのに……)
胸が高鳴るのを抑えられない。鼓動が早く音を刻んでいく。胸元のシャツをそっと抑えて、軽く目を閉じる。そして深呼吸。
澄んだ空気が体に巡るのを意識して感じながら息を吸う。酸素を取り込むたびに、体の火照りが引いていく。
「あすかちゃん」
「……?みっ、美月さん!?」
マネージャーさんとの確認が終わったのか、美月さんが話しかけてきた。
いきなりのことでびっくりしてしまう。
「さっき、ちょっと顔赤かったよね?大丈夫?」
「え……あ、はい。大丈夫です。すみません」
ならいいんだけど、と美月さんは呟く。言葉を探しているようだ。
「………あすかちゃん」
「はいっ?」
「あなたは今、重要な時期だから。これからの人生が、大きくて左右されるとき………だから。芸能人として見られてるってこと、ちゃんと頭に置いておくんだよ?」
遠回しな美月さんの言い方でも、十分分かった。私は「はい」と頷く。美月さんは困ったように微笑んだ。しかし、すぐにいつもの人をとりこにする笑顔を作る。
「でも、そっかそっか。おばちゃんはそういう話、大好きだから。いくらでも相談してね?」
「おばちゃんって……美月さん、まだまだお若いじゃないですか」
そうかな、と美月さんは笑う。
「25は、もう…ね。いいとこだから。あすかちゃんは?」
「19です」
「わっかいねぇ。若い、若い」
美月さんはぐっと伸びをした。私はそっと目を伏せる。
声の世界で第一線で長い間活躍されている方の言葉には、重みがあった。分かっていた。人に見られる仕事だ、どうしても自由は制限されてしまう。十分理解して、飛び込んだ世界…なのに。
(実際に言葉に出されると……なんか。自分は分かっていなかったんだなぁって、改めて感じる…)
「ま、あすかちゃんは私の妹みたいなかんじだから。私も喜んで協力させていただきますよ?」
「あ、ありがとうございます…」
私は礼をする。美月さんが入れ替わりの多い芸能界でずっと地位を保っている理由が、分かった気がした。
そのあと、私はたまたま収録に村人役として参加していた養成所時代の友達と少し話した。彼女は今年、事務所に上がれなかったら声優の夢を諦めるかもしれないと話していた。
「あすかちゃん、ほんとすごいよ。私より下なのに主役取って……がんばってね、応援してるから」
「ありがとう………未緒も、がんばってね」
彼女は今年で21になる。家族の反対を押切って上京し、バイトをしながら声の活動をしている。しかし、そろそろ定職につかないといけないと自分でも思い始めたという。
「いつまでも夢見てたらダメだよね、踏ん切りつけて…諦めないと」
悲しそうにぽつぽつと言葉を紡ぐ未緒。なんと声をかければいいのか分からなかった。
「でも…うん。城野さんと……『てんてん』と一緒に仕事したって自慢できるし、破れちゃったけど、夢を追いかけられてよかったわ」
そう言って、未緒は熱心にスタッフさんと話す天くんを見つめる。私は苦笑した。
『てんてん』は天くんの愛称だ。最初は『しろてん』、『しろのん』など色々と呼ばれていたらしいが、最近になって『てんてん』に統一されてきたという。事務所もそれを公認しているらしく、天くんの公式SNSでもたびたび『てんてん』の文字をハッシュタグに入れて投稿しているのを見る。
未緒は、天くんが初めての名前のついた役をもらったアニメで彼のファンになったらしい。「あんなカッコいい見た目なのに言動が幼くてかわいすぎる!!」と興奮気味でよく話してくる。
「未緒、天くんの表紙の雑誌買ったんだよね。先月のだっけ」
「そりゃあもちろん。コンセプトが神すぎて。あざとい系!!あざといにてんて…し、城野さん?ってやばくない!?」
「あざといねぇ…確かに合うわ、天くんに」
未緒とこそこそ天くん談義しながら私はふと思い出す。
(天くんがメディア出演したときは、トレンドに「#てんてん尊すぎる」とか「#てんてん保護したい」とかよく見るもんなぁ……)
この仕事で共演するとなったとき、私は天くんについてひと通り調べた。もちろん、彼のSNSも。そこで彼のフォロワー数の多さに目を見開いて驚いたのだった。私がぽつぽつ運営しているの(約3000人)よりも100倍ほど数が多かった(約30万人)。芸歴を含めて考えると、ものすごい伸びぐあいだ。
主に写真を投稿するツールでは、加工アプリもなにも使っていないのに整っている顔を惜しみなく世に出している。しかし、本人はあまり写真は好きじゃないと言っていた。更新頻度を上げないと人が離れると会社が豪語するため、仕方なく撮っているそうだ。
文章を投稿する方では、出演する番組や書籍などの情報をばんばん発信していた。もちろん本人の呟きも多い。何気ない一言にもたくさんのファンが反応していた。
「あすかはて…し、城野さん?のアカウント、フォローしないの?」
「あっ」
未緒のその声に、そういえばしていなかったことを思い出す。
「主演同士なんだし、フォローしてもなんの問題もないと思うけど」
「そう、かな…。じゃあ、後で聞いてみるね」