冬よ花弁「序」。彷徨う街で君を探すなら

ゴールテープの紙

ゴォーーーーーン〟〟〟、、

遮るものない壁一面のガラスの
向こうに 鐘の音と 共に 雪が
降る。

見渡す限り
まるで絵画の様な
灰色の墓石が並ぶ景色を見ながら

レンは、
モダンな暖炉が
炎を揺らしているラウンジに座る

ここは、
手紙を書く為だけの場所で、
レンは今、
最後の手紙になる便箋を前に
緑に囲まれた霊園に降る
雪を見つめていた。

『シオンちゃんだろ?
いい女になったね。すぐ 解った』

10年以上ぶりに
従妹と再会した日は
春なのに、季節はずれの雪の降る
寒い日だった。

『レンちゃんって、
大人になると 王子さま台詞を
平気でいうんだね、、』

白く、白く、
どこまでも降りしきる雪に
閉じ込められたような
車の外の世界が、
会わない時間をすぐに飛び越え

自分が結局どんなに
不様に足掻いても。

『この年で ちゃん呼びは 無い
から、レンって呼んでいいよ。』

助手席に座る従妹への
懸想を振り切る事が
叶っていない
リアルに

『---じゃ、レン。』

疼いた瞬間で、

・・・・
『なら、シオンでいいかな。』

いっそ
殺してくれ、、

眩暈がするほどの熱が
沸き上がるのを
抑える手枷に
握っていたハンドルの長い指が

同じ雪を見る
今は、
いつもスーツに差し持つ
万年筆を

仄かな力で抱いている。

レンは、フッと息をして
備えつけの
モダンな
カフェサーバーへと立ち上った。


正月明けの最初の金曜日。

もともと歴史的に
軍事施設が多かった地域は
今、国内でも人口の多い
商業都市であり、第二次医療圏になっている。
湾岸には、
食糧コンビナートが在る為、

レンが仕事で 今日足を
運んだわけで。

同時に、レンの私的な感情で
この場所を訪れた訳でもある。

「参ったな。」

レンは、整った面差しを俯け
無人のカフェサーバーのボタンを
選び迷って押す。

レンが、選び切らないのは、
真っ白な便箋に
刻み込むべき 文字だった。

元旦に出逢えた
祖父に瓜二つな老人は、
郵便ポストへ
例の箱を投函した後に、
一枚のリーフレットを
レンに渡した。

「お兄さん。あやくるか?
気ーになるっしょ。
あげるよ。最後の手紙、届く
寺だよ。さ、行ってくるんだよ」

けぇろー、けぇろーと
祖父似の老人は、
ベレー帽を整えて、
ホームがあると話していた方向へ
歩きだす。

「あの!!変わりますか?」

レンは、
杖をつく割りには、矍鑠とした
真っ直ぐな長身の背中に
思わず、縋り聞いた。

そうすれば
背中はゆっくりとレンに向いて

「同じ思いで、書きはじめたよ。
さー、書けば、わかる。」

清々しく口の両端を
上げて、片手をバイバイと
振ると
賑わい多くなった人の波に
溶けて逝ってしまった。

あの姿をみた時、レンは何故か
本当の自分の祖父の心情を
初めて考えていた。

ずっと、
本当にずっと、
レンは祖父の事を勝手に
決めつけていたのかもしれない。

祖父は決められた政略の
婚約者がいたが、
祖父は、
恋愛した相手と駆け落ちする
ように結婚した。

婚約者は一生独身で、
同じように独身を貫いた実兄と
生涯を過ごした。

大人になるにつれて、レンは
婚約者と実兄は
血が繋がりながらも
好きあっていた事を知る。

祖父はその2人を影ながら
応援していた。
祖父も
真に愛する祖母と
結婚をして、自分達は存在すると

「思ったんだよ。祖父さま。でも
本当は、婚約者を愛していた
んじゃないかってね。急に」

何故だろうね。
あの
祖父似の背中を、波に見送って
レンの頭に浮かんだ
疑問。

「だってさほら、オレは祖父さま
に1番似てるって云われて
きたんだからさ。欲が異常だろ」

可笑しいと思ったんだよ。

そして、腑に落ちた。

殆ど四方八方が窓な
現代デザイン建物は
奈良の正倉院と同じ校倉造りに
なっていて、
木の温もりと石のクールさが
シンプル、
神聖な空間を霊園の中に
造り出している。

レンは、
手元のカップから立ち上る
芳ばしい薫りに、
従妹が淹れる中国茶を
懐かしく想う。

「そうだな、いつまでも、
迷っていられないな。」

再び席に戻って、
真っ白な便箋に 向かい合う。

この寺は、
時空間を越えて 手紙を扱う。

亡くなった相手に、
出す手紙。

亡くなった後に、残された
人へ届ける最後の手紙。

そんな
特別な手紙を書く空間を
こうして 生と死を
感じる時間を提供している。

今、レンの手元には
元旦にあの出逢えた老人が
持っていた白い箱と
同じ箱がある。

中には、真っ白な封筒と、
便箋。


『ねぇ、シオン、さっき、
、、、墓の話してたよね。』

雪が世界を沈める勢いで、
音もなく浸水する。

レンは、カップを机に
スッ座らせて、

置いたままだった
万年筆を指に抱き上げた。

『シオンが入る、墓。
俺も 最後、入っていいかな?』

宛名に従妹の文字を 紙に
慈しんで刻む。

『俺、きっと、
この先、孤独死だよ。』

手紙を書くだけの
ラウンジには、レン以外は
姿が無くなり。

『最後、シオンが入る、
墓に、俺を入れておいてよ。』

レンの頭には
春に亡くなった母親の
通夜での 従妹との情景が
昨日のように
リフレインする。


『いいなあ。それ、
、、 すごく 幸せだー、、』


ああ、
再会して どうしようもなく
臍の奥の 疼きが煽られる衝動が

収まったのは

あの瞬間の彼女の
恍惚とした表情と言葉を
誓いに
したからだ。

レンは、
窓から見る世界が
真っ白に再び埋まるのに
安堵の吐息をはく。

そして、

便箋にレンの全てを 刻んだ。


途端、
窓の外から陽射しが
射し込む。

レンの前にある
便箋にスポットが当たった。

こんなに暴力的に雪が堕ちるのに
こんなにも
暖かくて眩しい太陽が
天気雨のように
顔を出した事に、

レンは呆然とした。

「ハハ、、風花、
狸の嫁入りか、、」

ツウーと、レンの瞳から
雫が流れ落ちる。

最後の手紙を書ききった
瞬間、無性に

無条件に 何故かレンは安心した。

これで、大丈夫。

「書けば解るか。」

中今、書き終えた事で

レンの終わりの時に何の憂いも
無くなったのだ。

後は、逆算するように
中今から
その瞬間までを、埋めて生きる
だけでいい。

それは、

『なあ、パンドラの底に残った
モンて何だと、思うよ?』

同じように従妹に
懸想する レンの弟ルイの
あの夜の声が
響く。

『「未来の全てがわかる災い」
だとよ。』

そんな弟に、従妹は

『・・・そこって、『希望』
って、いうとこだよ。』

そう、知らせていたのだ。

「何んだ。そう言う事、か、」

てっきり、
自分だけだと思っていた。
祖父もそうだった。

それで、いいのだ。

心に澱んでいた凝りが
解れて
自分を許せて

レンは あの清々しい顔に
有りの侭な心になれた。

「絶対、オレ達の 感情は、
オレ達のものだ。」

最後が決まると、
自然と今を 生きれる事に、

心から 動ける。



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