冬よ花弁「序」。彷徨う街で君を探すなら

待ち合わせは仙人が雲と遊ぶ場所

『シオン貴女、今
何処にいるの?
今年は
帰ってこないのはわかるけど、
シオンのマンシ ョンじゃ
ないわよね?そこって。』

電話の向こうで、久しぶりに聞く
母親の声に、
シオンは 慌てて 電話の口を
押さえて、移動する。


~”” のうまく  さんまんだ 
ばさらだん 
せんだ 
まかろしやだ 
そはたや 
うんたらた かんまん ””~

後ろでは、
思っていたよりも多くの
お遍路さん達が唱える
『真言』が 聞こえるから、
電話の向こう側にいる
母親にも
聞こえてしまったのだろう。

ここは
瀬戸内でも タオルの産地で
有名な町を
一望に見下ろせる山の
中腹にある寺。

仙人が修行したという
四国遍路の寺の1つだ。

「うんっ。ごめんね、今は家に
戻らないでおくねー。ここ?
仕事関係の友達に会いに 、
愛媛にいるっ。え?
『タルト』?
『坊っちゃん団子』?
わかったよっ!お土産ねっ!
宅配でおくるからっ!じゃね!」

そう、慌てて言って
シオンは 電話を切ると、

「相変わらずっ、出掛けてると
わかったら、お土産ねだるとか」

なんちゅー、母親だっ!
しかも毎回特産菓子!!

文句を言いながらも、
赤い提灯が並び
旅人を奥へと案内するかの
雪煙ぶる
宿坊の入り口を

「こんにちわーっ!!」と、

元気よく開けた。

シオンは、

年末の墓参りに訪れた
京都駅で
電話に送られたメッセージを
読むと、
すぐに
特急しおかぜに乗り込み
雪降る 四国は、
伊予の国に入った。

いつも暖かいイメージがあった
シオンの考えは
見事に覆り、
山間部には
雪が積もって
ひどく足が冷えている。



シオンの職場である
ギャラリー『武々1B』が
この夏の芸術祭に、参加をした際
海外からのゲストを
多く迎えた。

その中にいた 中国からの令嬢
『マイケル』と、シオンは
その時、いたく意気投合。

夏以降も、ずっとリモートで
やり取りをする仲になって
いたのに

まさか、

「恋愛お遍路に回ってた、
マイケルが 行方不明になってる
とか、ウソでしょっー。」

電話のメッセージを読んで
シオンは愕然とした。

マイケルには、
令嬢らしく、
まだ彼女も会った事のない
許嫁がいる
とは
シオンは聞いていて、

『恋愛結婚』には縁のない
自分の人生は 寂しいと
兼ねてから
マイケルの不満たらたら
だったわけで。

「だからって、今流行りの
お遍路 恋愛スポットを回ってた
なんて全然知らなかったけど。」

いつの間にっ、香港から
こっちに来ていたのー?
そういえばっ、
ギャラリーのハジメオーナーも
夏の芸術祭で来ていた
マイケルの友人王子と
恋バナをしていたけどっ。

確かに、オーナーのお蔭で?
王子は シオンの友人と
婚約も出来たわけでわある。
きっと
マイケルも それを
羨んだに違いない!


シオンは
夏の芸術祭で出していた、
クルーズギャラリーの様子を
思い出しながら、

宿坊から出てきた
お世話人さんに、
食事の時間や この宿坊にある
天然温泉の案内を聞くも
気もそぞろだ。

「マイケルの恋愛と
お遍路って繋がるのかなー?
何か、ピンとこない」

そんな
マイケルの やや疑問の行動を
シオンは考えると
目の前の壁に
『火渡り神事』のポスターを
見つけた。

聞くと、
ここで、厄払いの火渡りが
10日にあると 世話人さんが
教えてくれる。

「あー、それで
お遍路さんだけじゃなくて
山伏がいてるのかー。」

山伏、初めて見たかもっ?。と
こんなご時世
なかなかの人手か?と 思いつつ
マスクをしたまま
シオンは
案内された部屋へ荷物を置きに
いく。

標高が高く、宿坊からも
町と瀬戸内海の
見張らし良い景色が 見渡せて、
部屋からは、まさに絶景だ。

思えば、
山道中腹辺り、
凄い迫力の仁王門の
近くには 御加持水もあった。

弘法大師が錫杖で打って沸いた
というだけあって、
湧き水が豊富。
しかも
御加持水といえば、
所業を滅する効能の上に、
こちらの水は 疫病で
人々を助けた逸話もある。

「来たっ!絶景だけじゃない、
パワースポット、ガチの奴!」

シオンは早速吐く息を白くさせ
寺の散策がてら
御加持水を貰いに外に出た。

凍る境内には、
あと数日後に行われる、
火渡り神事の祭壇が
組まれている。

この寺は 砂遍路もある
有名な所で、
ヨガツアーも受け入れたりと、
貼ってあるポスターから
そのアグレッシブを感じる。

天然温泉と、精進料理が 良いと
評判の この宿坊。
どうやら雪の中でも 人が
多く立ち寄る様だ。

四国霊場八十八ヶ所。

シオンが
『遍路』を認識していたのは、
弘法大師が、
修練と世の中の
災難を除く祈りに開いた霊場
だということぐらい。

だから、
マイケルの消息不明を
メッセージに読むと、
京都駅で急いで
お遍路本を買って
車中、読んで来た次第だが。

本には、

四国遍路では
阿波ー徳島1~23番を
発心の道場、
土佐ー高知24~39番を
修行の道場、
伊予ー愛媛40~65番を
菩提の道場、
讃岐ー香川66~88番を
涅槃の道場
として、
88の霊場をまわる。
それは
88は人間の煩悩の数。

四国遍路を巡り 参り打つ事で
結願・満願で
煩悩が消え、願いが叶う
成就するとあった。

「言っても、本州の端から端まで
歩くと一緒の距離を歩くんだ!」

全長1400 kmだ。

現代、最速約50日で回れるのは
道路や橋が整備されているから。
江戸時代なら、
100日以上は優にかかり

しかも、四国は平地が
3割しかなく後は 山岳地帯。

平安時代で
日本の3大流刑地といえば
佐渡島、八丈島、土佐の国。
「死国」と言って
死ぬのが当たり前な土地と
言われた悪路は
本州とは比べ物にならない。

遍路での行き倒れも多く、
まさに、
遍路は形式的な
死出の旅、
生き返りの旅でもあった
と、書かれていた。

そこには全くっ
恋愛要素が見当たらない。
だからっ、

「マイケルが何を思ってー、
恋愛お遍路に歩いたかって、
少しでも、同じように
歩かないと わかんないよっ。」

白い雪の中に、
シオンは、
点々と鮮やかに映える
赤い提灯を見つめる。

確かに、
最近は、出会いを求めての
お遍路や、恋愛パワースポットの
効果ある場所を遍路するツアーも
ある。

「マイケルが消えた場所から
考えると、ちょっと それとは
違うんだよねっー。うーん。」

マイケルが消息不明になった所を
ネットで確認して
シオンは頭を捻ったのだ。

気を取り直して
宿坊から
御加持水を汲める小屋へ
行くと、
新型ウイルスもあってか、
疫病の人を助けるに
あやかり、
シオンが思っているより
人がいるのが見える。

「どっちにしても、マイケルに
同行していた人達から、何か
聞けるだろうし、そこからかな」

こんにちわーと、
シオンは、周りに声を掛けて
水場に群がる人達に
頭をペコリと下げた。

順番に 小さな小屋に
吊るされた
柄杓で
シオンは、井戸から 御加持水を
すくって、手に取り
口にしてみる。

円やかな水だ。

雪で冷たいはずなのに、
トロンと 暖かい気持ちがする。

不思議。

同じように御加持水を
汲んでいる人が、
シオンに
1人遍路かと聞いてくれる。

「いえ、このお寺で 待ち合わせ
してるんですよっ。これから!」

女子の1人遍路を
気に掛けてくれたのだろう。
そう、返事をすると
安心した顔が
笠の中に見えて、
すぐにその人も
出発していく。

「お気をつけてっー」

水を分ける同士で 声を掛けて、
シオンもその場を離れる。

待ち合わせは、
この寺の仁王門だ。

「その前に、
ハジメオーナーに電話をして
マイケルの事を知らせなきゃ」


シオンが
仁王門へ視線をやる。

そこには
すでに、白衣に遍路笠、
輪袈裟をかけて、金剛杖の
2人が佇んでいた。

「うわっー、美男美女だよっ。」

近寄って
シオンが その2人の顔を
確認すると
やや、2人共に狐目だが、
中華圏風味の整った同じ顔が
こちらを伺った。

「シオンさん?で、すか?」

男性がシオンに声を
掛けてきたから 間違いない。

この美男美女は、
マイケルに双子で仕える
ボディーガードだという。

マイケルが消えた瞬間を
目撃した、そして
尋問をうけた容疑者だった
2人だ。


雪の仁王門に、同じ顔が
初めて会った
シオンを 目を細めて
見定めている。

令嬢 マイケル が消えた場所に、
これからシオンは
双子と共に
遍路する。
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