終わらない夢
チャプター1
私たちは成長をする。色んなことを忘れながら。


Chapter1 夢の始まり

今年の桜は、どこで見るのか。転勤族である父の運転する車の中で、考えていた。俗に言う田舎とされる景色と同時に、窓に自分の顔が反射していた。妙につり目なおかげで、怒っていると勘違いされるのは、もう慣れっこだ。
車の中は私と父のふたりのみ。母は幼い頃に他界したから、あまり記憶がないうえに、忘れっぽいせいで年々母がどんな人だったかを思い出せなくなっていた。それは皆同じだと思っていた。でも、同じく親を亡くしたひとに聞いても、忘れることは無いらしい。何とかして紙や電子機器などの媒体で記録しようと思っても、不思議とそんな気は起こらず、まるでそれを拒否しているかのようだった。
「優奈、次は河津村だ。新高校生には、ちょいと寂しい場所かもな」
「どんな所?」
「静かで落ち着ける場所だ。お父さんみたいなおっさんになると、そういう場所は落ち着けて好きなんだが、若い子は物足りないだろうな」
少しお茶目な様子で父が話す。さすが、下調べはいつも完璧に済ませているのだ。ゆえに引越し前後の大きなトラブルは今までにはない。でも…
「お父さん、今の道右だったんじゃないの?」
「…ほんとだ。3回目だなこれ」
どこか抜けてるというか、天然というか。
「そうだ優奈、この河津村の伝説知ってるか?」
「伝説?」
「そう。会えない人と会えるんだ」
「会えない人…」
「それと、ここの神社で願い事をすると必ず叶うって噂でな…隠れた名所なんだ。まあ、叶うまで数日かかるとか、苦労をするとかも聞くけど」
いかにもよくある感じの胡散臭い話だとは思うが、口にしなかったのは父があまりにも意気込んで話すからだと思う。
私は話半分でしかそれを聞いていなかった。

「よし、着いたぞ。ここが今日から新しい家だ」
「えっ…」
河津村を見る限り、へんぴだとは思ったが、いくらなんでも…
「こんなさみしい古民家はないでしょ」
「まあそう言うな。掃除は行き届いてるよ」
中に入ると、まあ確かに綺麗だし掃除が隅々までされていた。囲炉裏、五右衛門風呂…そして何より天井が妙に高いのが気になった。
「天井高いだろ。武家屋敷ってやつかな」
「ぶけやしき?」
「そう。昔、武士の人が住んでいた家かもしれないってことだよ。天井が高いのは、家の中で刀を振れるためかな」
そんな、危ない話あるのだろうか。家の中で刀を…どう考えても恐怖でしかないが、昔の人はふつうだったんだろう。
…私も刀とか持ってみたいかも。
「それにしても、部屋多いな」
たしかに、家の中なのに軽く迷路になっていそうな気さえしてくる。慣れてないといえば元も子もないのだが、どの部屋を何に使えばいいのかさっぱり分からない。
「目が回りそう…」
「最初は慣れないだろうな、少しの辛抱だ」
「私新学期までに生きていられるのかなあ」
半分嫌味っぽく言ってみる。あいにく私は田舎やへんぴなところで暮らす義理はない。都会に住んで、ふつうの暮らしをしていきたいだけの凡人なのだから。だから、父の転勤の多さに全く不満を持たないわけではない。
「なんとかなる。何せ生きてるからな!」
「また出た」
「難しく考えるのは性に合わんからな」
そうは言いながら、転勤先の土地のことや文化のことをバッチリ下調べしていることを私は知っている。わざわざ言わないけれど。
「お父さん、周り歩いてきていい?どんな感じなのかしっかり見てみたい」
「おおそうだな。じゃあついでに神社に行こう。この近くにあるらしい」
神社…知る人ぞ知る隠れた名所。なにか特別なことでもあるのだろうか。文字通りの期待半分で神社へ向かうことにした。
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