終わらない夢
翌朝、いつもの通り父は仕事に向かっていた。私の中で、この風景を見るのに慣れる日は近い。
縁側からふと空を見上げた。いつもと違い、雨が降りそうな雲が流れている。
嫌なニオイがする。
「……」
そのとき、頭痛が起こった。低気圧によるものだろうか。肩まで痛い気さえする。
クラクラしてきた。少し、横になろう。きっと、少し休めば大丈夫。
「だいじょうぶ…」


夢を見た。いつかの記憶。数年前の、あの日の記憶。心細かったあのころ。
『優奈!』
『遊ぼうよ!』
『たのしいよ!』
「そう、かな?」
あるひとりの女の子。可愛い笑顔で私に手を振っている。
『早く早く!』
『置いてっちゃうよ?』
私とあの子は、ずっと一緒だった。誘われて、たまにやんちゃもした。中学一年だったかな。
「待って…置いてかないで」
『やっぱり足遅いなあ』
『このまま、もう一回優奈ちゃん追い越そうかな〜』
『えへへ!』
「…まっ、て…」
そんなやりとりをした数日後、私は…
忘れはしない。あの事件。
何者かによって、街の広範囲が燃え盛った。私の家も、全焼した。放火犯として、何人か捕まった。近所で現行犯が逮捕されていくのも見ていた。いろんな人が道路に出て、連絡を取り合っている。父も会社の人とのやりとりに追われている。そして、あの子が私の元へ来た。
『大丈夫だった?』
『ひどいよね…』
『こんなの、許せないよね』
「そう、だね」
その時も、いつもと同じ笑顔だった。さすがに気味悪く感じた。
「なんで、そんな顔を」
『私が雇ったら、みんな喜んで引き受けてくれたよ』
『ほんと、単純だね〜』
『えへへ!』
「……うそ」
『嘘なんかじゃないよ』
『ずーっと、優奈を狙ってたんだよ?』
『あいにく、生きてるけど』
「っ……?」
『優奈が悪いんだよ?』
『ずーっと構ってくれなくて』
『私…さみしかったなあ』
「い、いやっ…」
『どうしてくれるの?』
『こんな思いしたの、生まれてはじめて』
『ねえ、どうする?』
「や、め、て…」
『優奈』
『あんたさあ』
『早くしん…』


「もうやめてっ!!!」
……夢を見た。嫌な夢。思い出したくない。
「ゆ、優奈…?」
声の方を見ると、翔が腰を抜かしていた。
「だ…大丈夫?」
「…ごめん」
「汗、すごいぞ。熱でもあんの?」
「……いや」
だめだ、いつも通りの返事ができない。背中は変な汗でびっしょり。
とにかく落ち着こう。どうせ、夢だから。
「何があったのかは聞かない。でも、ここにいるからさ」
翔がふだんより大人びた口調で言う。私は、子どもなのだろうか…。
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