料理男子、恋をする
「それでは! 頂きます!」
子供のように手をぱちんと合わせて箸を手に取る。簡単なものだから間違いはないだろうと思ったが、薫子は直ぐに満面の笑みを浮かべて、相好を崩した。
「お…っいしー………。食欲をそそる香り、いくらでも食べられる……。ビールに合うわあ……」
そう言ってビールをぐびぐび飲んでいる。
「はー…、ビールが染みる…。ご飯美味しい…。こんな幸せなことって、あるのねえ……」
他に幸せを感じる基準はないのだろうか。まあ、佳亮は食事を作る時しか薫子に会わないから、それ以外の薫子のことは知らない。きっと佳亮が知らない所でもなんだかんだと幸せを感じて、その度に噛みしめているのだろうなあとは思った。
「佳亮くん。これ、凄くいい香りがするわ。パプリカもシャキシャキしていて美味しいし…」
「ああ、それはごま油ですね。ピーマンやパプリカが塩昆布と馴染むようにごま油で炒めてます」
説明すると、ごま! と薫子は驚いていた。
「コクがあるというか、香ってくるというか…。そして、舌に馴染むようにほっとするこの味は塩昆布なのね…。佳亮くん、またまたにくいことするわね……」
薫子は唸るように言うが、単にだしを使っただけのことをにくいことと言われるとどうしたらいいか分からない。洋風にしろ和風にしろ中華風にしろ、旨味(だし)の存在は欠かせないからだ。
「薫子さん、お肉を焼いただけのステーキだって美味しいでしょう。あれは、お肉のたんぱく質を構成するアミノ酸のグルタミン酸の旨味です。割とどんな食材でも旨味は含まれていて、だから食材そのままを食べても美味しいと思えるのはその所為です」
佳亮の説明に薫子は納得したようだった。
「そうか、野菜を生で食べてもほんのり甘いものね。あれも旨味なのか…」
唸るように呟き、ジャーマンポテトをビールで食べる。
「しかし、このジャーマンポテトもパプリカの塩昆布炒めも美味しいわ……。これがあれば一晩中ビールが飲んでいられる……。美味しい……」
そんな不健康な生活は推奨したくないので、残りは冷めたらラップをかけて冷蔵庫にしまうよう言い含めた。
「明日も美味しいビールが飲めるわ…。これを幸せと言わずに何を幸せというのか……」
しみじみと言う薫子に、喜んでいただけて何よりだ、と思う。佳亮は後片付けをして家に帰った。