料理男子、恋をする
さくらさくら
季節が移ろい、春になる。桜前線の話が頻繁に交わされ、中田原たちなんかは花見を何時するかで盛り上がっている。勿論、佳亮は参加しない。黙々と仕事をしていた、その時。
「杉山くん」
コーヒーのカップを手にそこに立っていたのは、四つ先輩の織畑(おりはた)はるかだった。彼女は佳亮と同じ総務部の一員で、一年目の時に業務を教えてもらった指導員でもある。未だにその感覚が抜けなくて、織畑に声をかけられるとぴしっと背筋が伸びる。
「はい。なんでしょうか、織畑さん」
「ふふ、変わらずだなあ。中田原くんたちがお花見計画してるけど、貴方は行かないの?」
「あー、僕は不参加ですねえ。僕、女性受けが悪いので、女性が同席の飲み会には出ないです」
織畑はふふふ、と人好きする笑みを浮かべて、なにそれ、と笑った。
「杉山くん、かわいい顔してるんだから、女の子受けは良いでしょう?」
「僕、料理男子なんで、料理する男って女の人は比べられるみたいで嫌がられます。経験上知ってるので、行かないです」
そう言うと織畑は、そうなの? そっか~、そういうもんか~、と顎に手を添えて考えるそぶりをした。
「ちなみに、お料理の腕前は如何ほど?」
料理に食いつかれるのは、あまりいい経験がない。でも尊敬している先輩だから、応えないわけにはいかない。
「…毎日の昼の弁当、自作です」
「すっごいじゃない! 何時も杉山くんのお弁当って彩りも良いし、食べ応えがありそうで、きっとお母様が息子さん思いなんだわって思っていたわ」
小声で言うと、思わぬ反応が返ってきた。あれっ、佳亮の料理を見て、けげんな顔をしなかったのは二人目だ。
「よし、杉山くん。中田原くんたちに負けずに、お花見行こうよ、一緒に」
「…一緒に?」
ちょっと待って。急に女の先輩に誘われても、心の準備が出来ていない。
「駄目かな。出来れば是非、一緒に行って欲しい」
そう言って織畑は「お願い」と小さくウインクをすると、カップを持っていない方の手を顔の前で垂直に立てた。先輩の頼みなら断れない。佳亮は二つ返事でOKした。