料理男子、恋をする
「杉山さま、でございますね?」
何故佳亮の名前を知っているのだろう。はい、と頷くと、老人は好々爺然とした笑みを浮かべて、薫子さまがお世話になっております、と挨拶をした。
「杉山さまのことは、薫子さまから少しお伺いしております。私は大瀧家の執事をしております、白樺と申します。今日は良くお越しくださいました」
「い…、いえ……」
目の前に繰り広げられる展開についていけなくて、佳亮は呆然と返事をするしか出来ない。
「薫子さまのことは、ご幼少の頃からお傍で拝見しておりました。本日、杉山さまにお越しいただいて、感謝しております」
感謝? 何故初めて会う人間に感謝などされなければならないのだろう。
「さ、ご挨拶はこのくらいにして、薫子さまのお部屋にご案内いたします。佐々木さまもご一緒に」
にこりと笑って佐々木が白樺の後を追う。佳亮は佐々木の後を慌てて追った。
玄関を入ると玄関ホールはライブが出来るのではないかと思うほど大きく吹き抜けになっている。そしてその中央から曲線を描いて上へあがる階段が伸びている。階段は途中で左右に分かれてやはり曲線を描いて二階へと続いている。玄関ホールも階段も抑えた赤色の絨毯がひかれていて、白樺の革靴の足音はしなかった。
階段の手すりは太くて大きくてあめ色でつやつや光っている。埃の存在なんて微塵も感じさせない。うっかり手垢を付けそうなので手すりには掴まらず階段を上がる。二階に上がると広い廊下を案内され、一番奥の大きな扉の前に立たされた。佐々木が重厚な扉をノックする。
「社長。佐々木です」
こんな分厚そうな扉の前で喋っただけで部屋の中に届くのだろうか。そう思ったけど、部屋の中から、なに? と返事が返った。