料理男子、恋をする
スーパーで卵など必要な材料と米を買うと、やはり薫子が荷物を持った。佳亮も慣れてしまって、薫子に持たせている。部屋に帰って材料をいったん冷蔵庫に入れると、手を洗って包丁とまな板を出した。薫子は何時も通りラグの上に寛いだが、キッチンを振り向いてこう言った。
「ねえ、佳亮くん。今日、私、卵を割ってみちゃ駄目かしら?」
言われたことに驚いて、佳亮は薫子を見た。薫子がじっと佳亮のことを見てきていて、おふざけで言ったのではないとわかった。
「…どうしたんですか、急に。前、やってみたらって言うた時にやらなかったやないですか」
「うん。…ちょっと、やってみたくなったのよ。…駄目?」
駄目かと問われれば駄目ではない。大体卵を割るくらい、誰だって出来る。そう思って鶏肉を細かく切ってしまうと、一旦薫子にキッチンを明け渡した。
キッチンに立つ薫子、なんて初めて見る光景を、佳亮はラグの上から見ていた。薫子は注意深く冷蔵庫から取り出した卵を手に持ち、ボウルの縁で割ろうとして……、失敗した。薫子の手の中で卵がぐしゃりと形を崩す。
ボウルに落ちた殻の混じった卵液を捨てると、もう一度。やはり上手く割れない。その後も潰したり、中身が飛び出したりして、結局上手く出来ずに卵を六つ無駄にしたところで佳亮と交代した。
「やっぱり私駄目ね…」
薫子がしょんぼりして言うので、何事も最初は上手くいきませんよ、と励ました。
「練習すれば割れるようになりますよ」
「…なるかしら」
「なりますとも」
にっこり返すと、薫子は頼りない笑みを浮かべて、それじゃあ、と言った。
「これから毎回一つ、卵を割る練習をするわ。出来るようになったら褒めてね」
おそらく料理を一度もしたことがないだろう薫子の、十分すぎる前向きな考えを、佳亮は全力で応援したいと思った。
「頑張りましょうね」
佳亮が言うと、薫子がきれいな笑顔になった。