料理男子、恋をする
自分は、薫子の傍に居て良いのだろうか。薫子には以前のように屈託なく笑っていて欲しい。佳亮が少しでもそれを出来ないのであれば、自分は薫子から距離を置くべきなのではないか。そこまで一気に考えが加速した。

それでも、薫子がどう思っているかは分からないが、佳亮は気持ちのもやもやを抱えていたとしても、薫子と会って、一緒に食事をすることが諦められなかった。薫子に、会いたかったのだ。

薫子にあんな風に寂しそうな表情をさせるのであれば、本当だったら佳亮は会わない選択をすべきだった。

(……でも、こんなに楽しい食事の時間は久しぶりやったんや……。それは、無くしたない……)

食事を作って喜ばれたのは、弟妹の食事を作っていた頃以来だった。大人になって遠ざかっていたその時間が再び出来た喜びを、佳亮は無くしたくなかったのだ。

(俺は、ご飯作るのが、楽しい。薫子さんは、それを喜んでくれはる)

その気持ちだけで、佳亮は薫子の部屋を訪れた。薫子は佳亮が部屋を訪れると喜んでくれて、食事も美味しく食べてくれて、でも、会話だけが弾まなかった。

「あのね、この前……、あ、ううん、なんでもない」

薫子は、佳亮が応えようとする前に言葉を封じた。

「あ……、すみません、どうぞ」

佳亮が話を促しても、薫子は首を振った。

「ううん。大したことじゃないの!」

両手を顔の前で振って、薫子は笑った。しかしやはりその笑顔は何処か弱い。俯きながら食事をする薫子を痛い気持ちで佳亮は見る。寂しい顔をさせてしまった後悔が、胸の中に苦く広がった。

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