料理男子、恋をする
「…え…っ?」
驚く薫子に佳亮は笑顔を向けた。
「僕の料理のこと、肯定してくらはってありがとう。ほんのお礼の気持ちです。あの時、お弁当とビールしか買うてへんかったから、きっと栄養素足りてへんやろうなって思て」
「えっ、えっ。ええ~~!」
驚く薫子が目をまん丸くする。随分涼しげな美人風だと思っていたけど、こういう表情は少し親しみが持てるかもしれない。佳亮は薫子に煮卵のビニール袋を持たせると、帰り道を向いた。慌てる薫子が追ってくる。
「杉山くん、悪いよ、悪いよ。こんなことされちゃうと」
そう言って、薫子は本当に困ったように眉を寄せた。…やっぱり、食が絡むことで自分がすることで良いことなんて何にもないんだな、と思ってしまう。
「…すみません、出過ぎた真似をして。これっきりなので、それは収めてください」
自嘲気味な笑みを浮かべる佳亮を、戸惑った薫子が見ている。それでも駄目なら、
「気持ち悪くて食べられないなら捨ててくれて構いません。僕が、お礼がしたかっただけなので…」
佳亮が言うと、薫子が口を開いた。
「そ、んな…。こんなことされたら、お姉さんお礼したくなっちゃうでしょ! 良いわ、杉山くん。明日はお仕事お休み?」
急に何を言い出すんだろう。確かに今日は金曜日で明日は休みだけど。
「それじゃあ、話は早いわ。貴方、明日、私の家に来なさい。そして料理を作って。私が食べて美味しいと言ってあげるわ」
ええっ、そんなの薫子に負担になるだけではないか。しかも「美味しいと言う」なんて決めつけている。
「大瀧さん、無理しないでください。僕なら卵を受け取っていただけるだけで良いので…」
「卵はもちろんありがたく頂くわ。でも、それとこれとは話が別よ」
別かなあ? 佳亮が首をひねると、薫子はこう言った。
「過去、どんな女の子に手料理を酷評されたのか知らないけど、今の世の中、料理が出来ない女だっていっぱいいるのよ。そう思ったら、料理のできる杉山くんは優秀なの! もっと自信持ってほしい」
ぐっとこぶしを握って薫子が力説する。でも、好きだった女の子に料理ができることを嫌がられた経験は、そう簡単には覆せない。
「兎に角! 明日、私の家に来なさい。そして、私の為に手料理を振舞って」
高い位置から見下ろされると、余計にノーとは言えない。佳亮は俯いて頷いた。