料理男子、恋をする


「ホットプレート、傷んじゃったかしら」

薫子は家に帰ると持って帰って来た箱を開けてそう言った。佳亮が中身を確認したが、外箱にへこみがあるだけで、ホットプレート自体は無事だった。

「みっともないところを見せちゃったわね」

薫子が元気なく言う。

「そんなことないですよ。それより薫子さんに怪我がなくて良かった。……柔道、されてはったんですか?」

「護身用にね」

そう言って笑う薫子は何時もの薫子ではない。少し皮肉気に口許を歪める。薫子がこんな風に弱気になるところを、佳亮は見たことがなかった。佳亮はどう言おうか迷い、口を開いた。

「……僕たち、そういえばお互いの家族の事、話したことなかったですね」

佳亮が言うと、やはり薫子は力なく、そうね、と呟いた。



「先刻の人は望月佑(もちづきたすく)さんと言って、家が決めていた婚約者よ」

……婚約者……。

重たい響きに佳亮もさすがに押し黙る。

「私が今の会社で働き始めた頃に決められたの。ほら、今の会社で働き始めたのが、花嫁修業が嫌だったからだから、祖父や父は何としてでも結婚の話を纏めたかったみたい。でも私はその時、婚約の話もあまり真面目に聞いてなくて。そのうちにその話は家族の中では出なくなったから、てっきり流れたお話だと思っていたの」

でも相手はそう思っていなかったってことか。先程の男性の憤怒の顔を思い出す。

「おうちのお仕事に絡むお話なんですか……?」

佳亮の問いに、薫子が黙る。YESということだ。
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