料理男子、恋をする

「……薫子さんのおうちのお仕事って……」

「大瀧建設というの」

…大瀧建設。佳亮のような異業種でも知っているほどの、大手ゼネコンの一角を占めるグループ企業だ。その家のお嬢さまが、家の利害関係なしに恋愛したり結婚したりというのは考えにくい。

「ほな、望月さんはその大瀧建設の関連会社の方ですか?」

「……そうね」

成程。そしてその立場は馬鹿に出来ないだろう。小さな会社の平社員である佳亮には、とても太刀打ちできない。

「佳亮くん……」

呼ばれて薫子を見ると、薫子はとても不安そうだった。

「……佳亮くんも、私を看板で見る……?」

頭を、殴られた気分だった。





薫子は自分のことを『看板』だと言った。それは常に『大瀧』の名前を背負わされてきた薫子の悔しさを現したものだった。

最初に名前で呼んで欲しいと言われた意味が分かった。薫子は一個人として佳亮と接したかったのだ。この結果は予想できていなかったと思うが、あんな大きなお屋敷を出て、あんな1Kの部屋に住んで、あてがわれた会社で社員と一緒になって仕事を完遂している。どれも薫子が家の呪縛から逃れようと必死になった結果だった。

薫子は佳亮に自信をくれた。だったら佳亮も、薫子に自信を与えてやらなくてはならないのではないだろうか? 

(……俺が薫子さんにしてあげられることって、なんやろう……)

何もかもを持っていて、何も求めていない薫子に自信を与えてやる方法を見つけるのは、なかなか難しい。佳亮は寝ずに考えた。


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