料理男子、恋をする
婚約者(2)
薫子はその日実家に呼び出されていた。応接間に入ると、其処には望月が居た。
「なんの御用でしょうか?」
薫子は普段飾らない耳をタンザナイトのイヤリングで飾っていた。望月が立ち上がって礼儀正しくこうべを垂れる。
「まず、お詫びをさせてもらいたい。先日はすまなかった。少し取り乱した。貴女が本当にあの場所に居るとは思わなかったんだ」
「私も大人げなかったです。あんなところで、すみませんでした」
強引にされたとはいえ、振りほどくだけで良かったのに技を掛けてしまったのはやりすぎだったと、薫子も反省していた。
「まあ、立ち話もなんだろう。座ってくれないか」
望月が再び腰掛けたので、薫子も諦めてソファに腰掛けた。
「改めて、誤解を解いておきたい。僕は君のことが好きだ。僕の心が届いていないのなら、努力をする。何が僕に足りないのか、教えて欲しい」
望月とは婚約の話が決まる前の子供の頃から、親しくしていた。年も近かったし、男女の隔てなくしていた武道の話も共通の話題で楽しかった。あの時薫子が技を掛けた時に咄嗟に受け身がきちんと取れたのは、今も彼が稽古している証拠だろう。
「望月さんが足りないということではないんです」
むしろ、薫子の周りにいる人間の中では好いていた部類に入る。それでも、薫子の背負う看板と、望月の背負う看板が、大きく伸し掛かって感じられた。
「望月のことを言っているのなら、僕は家を出ても良い。弟に任せれば望月は動くし、弟も優秀だ。僕は個人として貴女と結婚したいと思っている」