星空とミルクティー
「足はえー……さっきから俺呼んでんのに」
「……すみません、気づきませんでした」
「帰るの? 」
「はい」
「そっか、時間あるならお茶しない?」
お茶って、コース料理を食べて結構お腹いっぱいなんだけど。
コンビニのお菓子分しか余分なスペースないけど。
どうやって断ろうか露骨に顔に出してしまったのか、あっさりと引き下がった。
ジャケットから黒いレザーの名刺ケースを取り出して「はい」と1枚渡される。
「俺の名前、覚えてなかったでしょ。石川冬弥といいます」
「……結城汐です。今日はどうもありがとうございました」
「連絡先、聞いていい?」
さすがに2回も断るのは感じ悪いか。
観念して携帯番号を教える。
石川さんが操作を終えると、今度はあたしの携帯がぶるぶると震えだした。
登録していない数列が画面に並ぶ。
「それ、俺の。登録してくれる?」
口調は柔らかいのに有無を言わせぬ凄味があった。
面倒くさいな……。もうすぐ電車来るんだけど。
名刺を見ながら名前を登録して画面を見せると、石川さんは満足したように笑った。
「じゃあ気を付けて」
特にしつこく話を引き延ばすわけでもなく、石川さんはさっさと駅を出て行った。
まさかあたしの連絡先を聞くためだけに走って追いかけてきたのか? なんだそれ。ドラマか漫画みたいだ。
定期券を改札機に食べさせて、ちょうどいいタイミングで来た電車に乗り込む。
石川冬弥と書かれた名刺を眺める。横文字の会社の横文字の役職。なんか偉そうだな。
考え事をしながら歩いていたらコンビニに寄るのをすっかり忘れていた。
帰巣本能の働きに感動しつつ、アパートの階段をわざと少し音を立てて上がってみる。
もしかしたら平野君が出てくるかもしれない。
考えて、やっぱり寝ているかもしれないと思い直して足音を響かせるのをやめた。
朝早く出るなら迷惑になる。
隣に住んでいるのにつかめない。走って追いかけてきた石川さんの方がずっとわかりやすい。
平野君、おーい。寂しかったらいつでもピンポンしていいんだぞ。
平野君を勝手にホームシックだと想定して、物音ひとつしないドアの前を通り過ぎる。