星空とミルクティー
土日を挟んで出社すると、待ち構えていたかのように横内明日香が会社の廊下から飛び出してきた。
イヤホンで耳をふさいでいたから「ひゃおう!」とボリュームの狂った声が出る。
「ひゃおだって、うける」
「ウケねえよ、ぶっ飛ばすぞ」
「汐、金曜日どうだった? いいなって人いた?」
「いねえよ。ていうかそういう目的で行ってないし」
横内明日香と話をしながら、バッグの中に放り込んだ名刺の存在を思い出す。
名前、なんだったっけ。
48時間以上経つとどうでもいいことは記憶から消去される。
「横内はどうだったんだよ。デブリと連絡先交換したのか?」
「デブリ? あー、デブリね」
デブリというのはあたしが勝手につけたあだ名なのに、通じるということは横内明日香にとってもそのくらいの認識なのだろう。
「俺物語も別にいいんだけどさぁ、共通の話題って大事だよね」
あれから、あたし以外に残ったやつらで2次会をしたのかどうかは不明だ。
だけど横内明日香の目はすでに次の合コンを見ている。そうか、デブリはダメだったか。だよな。
「次は大学生とかどうかな。歳近いし、場所も居酒屋でさ」
「いや、あたしは行かないよ」
「なんでよ! クリスマスまであと3か月切ってるんだよ? 焦らない?」
「は? お前クリスマスに死ぬの?」
クリスマスまでにとか、誕生日までにとか、期限を決めて焦るのはなんなんだろうな。
『受験まであと○○日! 志望校への合格は君の手に!』なんて陳腐なキャッチコピーがいくつも書かれた資料に目を通す。
次の会議で使うらしい。なんだこれ、学習塾の教材か……? 小さいこの会社の業務内容がいまだによくわからない。
コピー機を操作して指定された部数を刷る。
ピー、ガー、ゴーという一定のリズムで繰り返される機械音を聞きながら出てくる紙をぼんやりと眺めていた。
恋愛とか結婚とか、そんなに大事か? みんな余裕があるんだな。
あたしは自分の城がいつ崩れるか怖くて、中身を補強することに毎日忙しいのに。
ふと顔を上げて窓の外を見る。
目の前には道路沿いに並ぶイチョウの木がある。
晴天だけど風が強いのか、緑の部分を半分以上残した葉の群れが同じ方向にザワザワと大きく揺れていた。