星空とミルクティー
なんだよ。住むのはこの学ランだけかよ。さっきから目合わないけど。おじさん以上に空気だな。
「少し感情を出すのが苦手な子で……」
学ランをじっと見ていたら、マダムが言い訳のように言った。
その瞬間、足元ばかりを見つめていた目線が初めて上を向いてあたしをとらえた。
ガラス球のような目だ。茶色い瞳に、瞳孔がぽっかりと開いて穴のように黒い。
「……それじゃ」
目が合っているのに合っていないような気分になる。どこを見てんだよ。あたしの守護霊か?
単純に怖くなって、逃げるように3人から離れた。錆びた階段を音を鳴らしながら降りる。
200メートル先のコンビニまで、できるだけ速足でかける。逃げたと思われないように。
学生服の息子を、一人で住まわせる親。
ガラス球のような目をした、感情の乏しい息子。
なんだよ、十分にワケアリじゃん。このクソボロアパートめ。
いつの間にか雪もすっかり融けて、桜もあっさり散って、季節は夏になろうとしていた。
あの得体の知れない隣人、平野君とはゴミ捨てのタイミングでよく遭遇した。
会う回数が10回を超えたころには、会釈混じりの短い挨拶を交わすくらいの関係にはなった。
おばさんの言うように、ほぼ無表情だったけど。
平野君の両親も初めの3か月は月に一度のペースで様子も見に来ていたようだったけど、平野君自身が一人暮らしに慣れた今では全く見かけなくなった。
そして平野君自身はあたしが会社終わりに寄る家の近所のコンビニで見かけることが多くなった。
「……こんばんは」
「びっくりした、平野君か。こんばんは」
栄養バランスのためにサラダを買うべきか否かで悩んでいたら、いつの間に真横に立っていたのか平野君がいた。
あいかわらず背だけがやたらと高くて、手足が細い。最近切っていないのか色素の薄いミルクティー色の前髪が目にかかっている。
なにか話したほうがいいのかと思っていたら、あたしの目の前にあった8種類の野菜サラダをとってさっさとレジに並んでいく。
同じのを取ってあたしも後ろに並んだ。