星空とミルクティー
変わる夏
夏が本格的になってくると、平野君の両親だけでなく、平野君自身ともなかなか会わなくなった。
壁の向こうから聞こえるごくわずかな物音のおかげで、生きていることはかろうじてわかる。
朝はきっとあたしよりも早く出て、帰りはあたしよりも早いのだろう。
知らない間にいなくなっていて、夜気づいたら物音で存在を確認できる程度だった。
だから久しぶりに玄関のドアから出てきた平野君を見たときは、外見がまるっきり変わっていて誰だかわからなくなっていた。
平野君の友人かと思った。
「え、平野君?」
「……おはようございます」
あの満月の夜から2ヵ月経って、関係が知り合いからただの隣人に逆戻りしたようだ。
また無表情になっている。
ぽそぽそとした話し方も声も変わっていない。
なのにミルクティー色の髪は短く刈られてツンツンと鋭利になっている。
日焼けもして、ロングTシャツから伸びる腕はゆとりがなくて、肩と二の腕のあたりが少し窮屈そうだ。
誰だお前。会えない間も温泉のように湧き出ていた母性本能がどんどん干上がっていく。
目の前のこいつに母の愛なんていらねえだろ。余裕で自活できそうじゃん。
むしろ自給自足すらしかねない風貌だった。
「体つきっていうか、人相変わったね、何やってるの仕事」
「……あー、引っ越しの仕事です。今、繁忙期らしくて」
「忙しいんだ。ごはんは食べれてる?」
「はい、近所にコンビニあるの便利ですね」
そう言って笑う。あ、よかった、笑ってくれた。
だけど、目元がどことなく落ちくぼんでいるように見える。
日焼けのせい? それとも顔立ちのせい?
ーーあら? 平野君のお母さんことマダムのような声が出る。
「疲れてる?」
「……少し。力仕事って結構きついですね」
「あまり無理しちゃダメだよ、ちゃんと水分とって休憩して。今日は休みなの?」
「はい。3週間ぶりの休みです」
「うわ、働きすぎでしょ。じゃあ今日はゆっくりしなね」
姉のような保護者のような言葉に、平野君は素直にうなずいた。
すごい、会話が歴代最長記録更新中だ。
小さく感動していると、平野君があたしの通勤用バッグを見た。
「お姉さんはこれから仕事ですか?」
「うん、そう」
「……俺、コンビニ行くから途中まで一緒に行っていいですか?」
「いいよ、行こう」
平野君が自分からそんなことを言うとは思わなかった。
アパートの階段を降り切ってから、平野君が「久しぶりにお姉さんに会えた」と笑った。
目尻を思いっきり下げて、心底嬉しそうにする。
おい、なんだよこいつ。誰だ、感情が乏しいなんて言った奴。
枯れかけた母性本能が復活する。