星空とミルクティー
「そういや本当に久しぶりだよね、2か月くらい見てなかった気がする。夜は物音するから部屋にはいるんだなっていうのはわかったけど」
「……もしかしてうるさかったですか?」
「いや違う、逆だよ。物音してないとちゃんと生きてるか心配になる」
いつも物音聞いてるみたいだな、ちょっと気持ち悪かったか。反応ねえな、と、隣を歩く平野君を覗き見る。
あ、やっぱり変なこと言ったみたいだ。平野君が目を見開いて驚いている。いや、引いてる?
「……平野君?」
「……はい」
テンションが下がってしまった。さっきまで機嫌良さそうに話してくれたのに。
ここで謝ったほうがいいのか。それとも話題を変えたほうがいいのか。
考えながら平野君の歩くスピードに合わせていたら、あっという間にコンビニに着いてしまった。
「あー……じゃあ、行ってきます」
「はい。行ってらっしゃい、気を付けて」
コンビニに入る平野君を見る前に背を向けて駅まで歩く。
ちょっと深入りしすぎたな。
マダムに言われたことを真に受けて、少し身内気取りだったかも。反省。
会社に着いて自分の席に座る。
新しく導入されたパソコンの操作にはまだ慣れない。
手のほうが早い気がするのに、会社側が頑なにパソコンでの作業を推してくる。
きっと経費で買ったんだろう。だから使わなきゃダメなんだろう。金の無駄遣い。
お茶くみ、コピー取り、アポ対応のほうがまだ楽しい。
「しおー」
「あ? お前イントネーション違うから。塩じゃなくて、汐だから」
「しおー」
「直ってねえ、ぶっ飛ばすぞ」
何が面白いのかくっくっく、と笑って同期の横内明日香が肩を震わせながら、あたしの机にマグカップを置いた。
同期だけど大卒のこいつと専門学校卒のあたしとじゃ初任給が違う。
同じ仕事してるのに不公平じゃないか? これだから学歴社会は。
塩と汐のイントネーションも直せない奴なのに。
「汐、明日の夜、暇? 飲み会しない?」
「いやだよ、どうせ合コンだろ。知らない相手と時間かけて飲むってなんだよ、合コンじゃなくて拷問じゃん」
「あれ、汐って彼氏いるっけ」
「いねーし、いらねーよ」
「じゃ、明日ね、この制服で来るんじゃなくて別の可愛い服持ってきてね、吊り目禁止だから」
「行かねえって!」
言いたいことだけをさらりと言い切って横内明日香がお茶を配りに去っていく。
当番制のお茶くみは、朝礼が始まるまでに済ませないとならない。
それが終わって社内があたしたち事務員だけになったら、営業の席からカップを取って洗う。
それから宅配業者や郵便配達員やたまに来る他社の応対、会議の資料のコピー、会議室の設営、その他雑用、月末近くになるとさらに給与計算が入る。
これがあたしの給料になる。
営業のような愛想や交渉力なんてない。
だからこれでお金がもらえるならこんなに嬉しいことはない。
天職ではないけど適職だとは思う。