金曜日の恋人〜花屋の彼と薔薇になれない私〜
 霧斗はなぜ芳乃がひとりなのかは聞かなかった。彼は馬鹿ではなさそうだし、きっと聞くまでもなく察したのだろう。

「なんでお花屋さんで働いてるの?」

 大手資本ではない個人経営の小さな店だ。店主はお喋り好きの中年女性で彼女の娘がよく手伝いに入っている。アルバイトは彼だけだ。そんなに高い時給をもらえるとは思えないし、院生ならもっとワリのいい仕事もありそうなものなのに。

「綺麗なものが好きだから……かな」
「ふぅん。オススメのお花は?」
「薔薇も王道でいいけど、芳乃さんにはブルースターとかスイートピーとか可憐な雰囲気のものが似合うと思うよ」
「ブルースターにスイートピーね。今度買ってみるわ」
「うん! 俺がいるときに来てよ。芳乃さんにぴったりのアレンジにしてあげるから」

 くしゃりと目を細めて霧斗は笑う。芳乃は初めて、彼に少しどきりとした。彼女の好みのタイプは笑うと目がなくなる男なのだ。

「芳乃さんは? なにが好き?」
「お花? あんまり詳しくないから」
「花じゃなくてもいいよ。芳乃さんの好きなもの!」
「好きなもの……」

 自分の好みを聞かれるなんて、いつ振りだろうか。もう何年も生活のなかで自分の好みを考える場面なんてなかったように思う。匠の希望に沿うもの。すべての判断基準はそれだけだった。
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