金曜日の恋人〜花屋の彼と薔薇になれない私〜
「寂しくはないわ。うまく言えないけど……」
「うん」

 霧斗は芳乃の言葉をただ黙って待っていてくれる。

「もともと持っていたものを失ってしまったのなら、きっと寂しいと思う。けど私はそうじゃないから」

 最初から匠は芳乃を愛してなどいなかった。それをわかった上で、彼との結婚を決めたのだ。この結末は見えていたものだった。

「寂しいとか憎らしいとか、そういうのはない。ただ……途方もなく虚しいだけ。私はずっと空っぽなの」

 おもむろに霧斗が手を伸ばしてきて、芳乃の手を握った。彼の手はひやりと冷たくて、体温の高い匠の手とは全然違う。肌もずっと柔らかく、なめらかだ。

「ーー俺が、埋めてあげようか?」

 彼の透き通るように綺麗な瞳に映る芳乃は、ひどくまぬけな顔をしている。彼の言葉の意味することは、理解できた。
 彼に抱いてもらえたら、この虚しさも少しは薄れるだろう。それどころか、灰色だった金曜日が薔薇色に変わるかもしれない。
 芳乃はにこりと微笑んで、霧斗を見た。

「ありがとう。いつか……本気で死にたくなっちゃったら、お願いするかもしれない」
「ははっ。それだと、楽しみにしてるって言えないじゃん」

 彼の薄い唇の隙間から白い歯がこぼれた。
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