金曜日の恋人〜花屋の彼と薔薇になれない私〜
「私はパン屋さんに寄るから、途中まで一緒に行かない?」
「えぇ」

 芳乃はうなずいた。ふたり並んで歩きだす。他愛もない世間話をしていた美香が、ふと思い出したように少し声をひそめて言った。

「そういえばさ……さっきの里帆子さん、ちょっとびっくりしちゃった」

 芳乃はどきりとする。が、それを悟られないよう必死に平静を装った。

「えっと、なんのこと?」
「だってさ、匂わせてるみたいだったから。その……不倫のこと」

 真冬だというのに、全身から汗がふきだした。心臓がバクバクとうるさく騒ぎ立てる。
 美香は匠と里帆子の関係を知っているのだろうか。美香だけでなく、みんなも? 一体いつから?

 それとも、里帆子ではなく芳乃自身のことだろうか。近所のファミレスに霧斗と行くだなんて、やはり迂闊すぎたか。

「芳乃さんも聞いた? マリさんの噂」

 美香のそのひと言に、がくりと肩から力が抜けた。

「マリ……さん?」
「あ、まだ知らなかった? マリさんね〜してるらしいよ、不倫」
「そうなの?」

 美香の話によると、マリは通っているテニススクールのコーチと不倫関係にあるらしい。そこには同じマンションの住民も多く通っている。

「うちのお隣の夏木さんの話だと、もうスクール内では公然の秘密って感じらしいよ。見ればすぐに勘づくわって夏木さん得意気に言ってた」
「へ、ヘぇ」
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