金曜日の恋人〜花屋の彼と薔薇になれない私〜
「お義父さんか」
「えぇ」
「なんだって?」

 佳乃への無関心ぶりとはえらい違いだ。匠は義父のご機嫌取りだけには余念がない。

「来週の私の誕生日に、みんなで食事をしましょうって」
「あ、あぁ。いいな。楽しみにしてるよ」

 匠の視線がわずかに泳いだ。芳乃の誕生日を覚えていないのだろう。期待していないから、落胆もしない。

「金曜日だからちょうどいいでしょって。あなたの都合はどう?」

 金曜日は里帆子と過ごす日だ。匠はどうするつもりだろうか。少し意地の悪い気持ちで、芳乃は彼の返事を待った。
 意外にも匠は即答だった。

「いや、もちろん大丈夫だよ。妻の誕生日だもんな」

 どの口が妻などと言うのだろう。芳乃は思わず笑ってしまった。それをごまかすようにつけ加える。

「楽しみにしてるわ、私も」
「なにか欲しいものはあるか?」

 匠の口から出たとは思えない発言に芳乃は目を見開いた。彼は芳乃がなにを買おうが咎めることもないが、自らプレセントをしてくれたことなど一度もない。

「どうしたの?」
「いや、誕生日プレゼントに」

 芳乃は目を閉じ、首を横にふった。

「欲しいものなんてないわ。おかげさまで、何不自由ない暮らしだもの」

 むしろ、芳乃の周囲はいらないものであふれている。子供もいないのに無駄に広い部屋、着ていくところもないブランド服、腹を探り合うだけの奥様友達。そして、愛情も信頼もない夫。
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