金曜日の恋人〜花屋の彼と薔薇になれない私〜
結局、匠は姿を現さなかった。
両親と別れ、駅へと向かう芳乃のスマホが鳴る。予想通り、相手は匠だ。
「もしもし」
『芳乃? 頼む、助けてくれ!』
これまで聞いたことのない情けない声で、匠が叫んでいる。
「どうしたのよ?」
『あいつ……頭がおかしいよ、あの女!』
支離滅裂な匠の話を要約するとこうだ。そろそろ子供を考えているからと別れを切りだした匠を、里帆子が持ち歩いていた手芸用のハサミで刺したらしい。それも、「子供なんか作らせない」と匠の局部を狙ってだ。
当事者である里帆子と匠には悲劇なのだろうが、のけ者の芳乃からすればコメディだ。腹の底からこみあげてくる笑いを芳乃は我慢できなかった。
『なに笑ってるんだよ? 早く、俺の後輩の誰かに連絡を取ってくれ。くれぐれもお義父さんと病院には内密でな。それからな』
芳乃が黙っていると、匠が声を荒らげた。
『頼むから急いでくれ! 本当に子供が作れなくなったら、お義父さんになんて言えばいいんだ!?』
「別に……」
芳乃にはどうでもいい話だった。もう匠の子を産む気なんて、これっぽちも残っていない。むしろ、なぜ彼はこんな状況で芳乃が助けてくれると信じているんだろうか。やっぱり喜劇としか思えない。
両親と別れ、駅へと向かう芳乃のスマホが鳴る。予想通り、相手は匠だ。
「もしもし」
『芳乃? 頼む、助けてくれ!』
これまで聞いたことのない情けない声で、匠が叫んでいる。
「どうしたのよ?」
『あいつ……頭がおかしいよ、あの女!』
支離滅裂な匠の話を要約するとこうだ。そろそろ子供を考えているからと別れを切りだした匠を、里帆子が持ち歩いていた手芸用のハサミで刺したらしい。それも、「子供なんか作らせない」と匠の局部を狙ってだ。
当事者である里帆子と匠には悲劇なのだろうが、のけ者の芳乃からすればコメディだ。腹の底からこみあげてくる笑いを芳乃は我慢できなかった。
『なに笑ってるんだよ? 早く、俺の後輩の誰かに連絡を取ってくれ。くれぐれもお義父さんと病院には内密でな。それからな』
芳乃が黙っていると、匠が声を荒らげた。
『頼むから急いでくれ! 本当に子供が作れなくなったら、お義父さんになんて言えばいいんだ!?』
「別に……」
芳乃にはどうでもいい話だった。もう匠の子を産む気なんて、これっぽちも残っていない。むしろ、なぜ彼はこんな状況で芳乃が助けてくれると信じているんだろうか。やっぱり喜劇としか思えない。