金曜日の恋人〜花屋の彼と薔薇になれない私〜
「埋めて欲しいの。じゃないと、死んじゃいそう」

 大きく見開かれた霧斗の目が、ゆっくりと優しい弧を描く。芳乃の大好きな彼の笑顔だ。

「いいよ。芳乃さんが死んだら悲しいもん」

 霧斗の体温はとても心地よくて、母の胎内に戻ったような、すべてから守られているような、不思議な気分だった。この手も、唇も、匠とは全然違う。どこまでも甘く、優しい。

「芳乃さんにひどいこと言った男に伝えてよ」
「なんて?」
「お前の力不足だろって。芳乃さんは……最高にいい女だよ」

 芳乃はクスクスと笑いながら、彼のなめらかな肌に触れた。

 覚えておこうと思った。霧斗の肌の感触、柔らかな声音、瞳の輝き。これが最初で最後だから。決して忘れないように、自身の心と身体に刻んでおこう。

「そうね。伝えておく」

 ホテルを出るとすぐに、霧斗はぱっと芳乃の手を離した。芳乃が顔をあげると、霧斗は唇の端だけで薄く微笑んだ。

「これでさよなら、なんでしょ」

 拗ねたような顔……そう思うのは芳乃の自惚れだろうか。
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