金曜日の恋人〜花屋の彼と薔薇になれない私〜
「あ、そうそう。古賀物産の担当者が変わったから、一応森川さんにも紹介しておくね」

 芳乃の上司である野田とは対照的な、すらりと背の高い若い男が芳乃に頭を下げた。

「黒田と言います。よろしくお願いします」

 笑うとくしゃりと目が細くなる。その懐かしい笑顔を前にして、芳乃は微笑んだ。

「初めまして。森川です」

 会社の前の小さな公園で、缶コーヒーのタブを開けながら霧斗はぼやいた。

「初めまして……はひどくない?」
「新入社員が四十代のおばさんと知り合いだったら、おかしいでしょ」
「いや、でもさぁ」

 ぶつぶつ言う霧斗の姿を見て、芳乃はくすりと笑った。

「サラリーマン、意外と似合うのね」

 大学に残る道も考えたが、結局は就職を選んだと霧斗は教えてくれた。

「あの子はどうしたの? 花屋の娘さん」

 自分と匠とは違い、霧斗と彼女はいくらでもやり直せるんじゃないか。芳乃はそう思っていたのだが、現実はそう甘くはなかったらしい。

「あの婚活相手とめでたくゴールインしてたよ」
「そっか。霧斗くんは結婚願望は? って、まだ若いからピンとこないか」

 霧斗はコーヒーの空き缶を地面に置くと、うーんと空に向かって大きく伸びた。

「俺はしないかな、きっと」
「どうして? いいパパになれそうなのに」
「だって、芳乃さんみたいな人に誘惑されたら、きっと浮気しちゃうもん」
「あはは」

 芳乃も霧斗にならって、空を仰いだ。都会の空は四角くて狭い。

 それでも、その青さが芳乃には眩しかった。
                                    END












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