契約夫婦のはずが、極上の新婚初夜を教えられました
「菱川さん、お久しぶりです。お迎えに上がりました」
 
 さすがはアナウンサーだ。田町さんは透き通るような声であいさつすると丁寧にお辞儀をして、美しい笑顔を見せる。近寄りがたいオーラをこれでもかと振りまき、私を動けなくしてしまう。

「お久しぶりです。今日の迎えは、プロデューサーの岡部さんと聞いていたのですが?」
 
 些か危ぶむような顔を見せた大吾さんだったが、それをすぐにいつも通りのクールな表情に戻す。

「すみません。岡部が来られなくなったので、私が代わりに」
 
 田町さんはそう言うと、少し細めた目をゆっくりと私に向ける。表情は一見穏やかに微笑んで見えるのに、その目は鋭く冷ややかだ。

「今日は斎藤さんとご一緒じゃないんですね。菱川さん、あちらの方は?」

 冷たい視線はあくまでも私にだけで、大吾さんに向けるのは柔らかい弧を描く女性らしい視線。それだけで、彼女が私のことをあまりよく思っていないことがわかる。彼女が何を思っているのかわからなくもないけれど、私がとやかく言うことではない。

 取り立てて何をするでもなく成り行きを見守っていると、大吾さんが振り返る。



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