最終列車が出るまで
「フウ」と彼が、大きく息を吐いた。
「でもナナちゃんは、会長の相手をまともにしようとしません。なぜか自分の隣に座るし、会長にデュエットを誘われても『ナナ、そんな昔のお歌、わかんな~い』ときました」
おそらくナナちゃんの言い方を真似て、裏声でナナちゃんのセリフ部分を言った彼。思わず吹きそうになった。が彼の真剣な横顔に、お腹に力を入れて、なんとか堪えた。
「二十歳の彼女にすれば、七十になる会長は、おじいちゃんにしか見えないだろうけど。プロとして、その接客態度はいかがなものかと、内心かなりイラついていました」
吐き出した息で前髪が揺れ、彼の苛立ちや疲労を表しているようだった。
「それは、お疲れ様でしたね。そんなナナちゃんの事を、お店の方をはじめ、誰もたしなめなかったんですよね?」
彼に視線を送ると、彼は小さく頷いた。
「ん~、だとしたら。これはあくまで、私の推測なんですけどね。その行動は、ナナちゃんの接客テクニック?だったのかもしれませんね」
彼の話を聞きながら、ふと思いついた事を口にした。彼は私を見て、両目を瞬かせた。
「あるいは真面目なあなたを、みんなでからかってみた、とか?」
大袈裟に小首を傾げながら彼を見ると、彼は無言で瞠目した。そして、カクッと両肩を落とした後、クスクスと笑い始めた。
彼のそんな様子に、今度は私が両目を瞬かせる。
「あなたの、仰る通りだと思います。ナナちゃんにどんな冷たい態度をとられても、会長が機嫌を悪くする事はなかった。途中から『可愛い孫娘の機嫌をとるじいじ』みたいな、微笑ましい光景となっていました。帰る時にはしっかりと、会長とナナちゃんはハグをしていました」
その光景を思い出したのか、彼の軽い笑いは苦笑に変わった。