最終列車が出るまで


「自分が上司に『店を変えた方がいいのでは』と進言しても、肩を叩かれて終わりました。その後席に戻ったら、やけにナナちゃんにピッタリとくっつかれて……そうか、そういう事だったのか」

 最後は、呟くように言った彼。私は、自然と笑みが溢れた。

 こんな完璧な容姿で、女性からのお誘いも数多あるだろうに。彼はきっと、そんなお誘いに簡単にはのらないのだろう。女慣れした人なら、自分にすり寄ってくるナナちゃんを、うまくかわせたはずだ。

 彼の誠実な人柄を感じて、ちょっと温かい気持ちになった。からかわれたかもしれないとわかっても、怒るわけでもなく彼は笑った。彼の、器の大きさも感じた。

「それにしてもそんな接客テクニック、若くて魅力的なナナちゃんだからできるのでしょうね。私みたいなオバサンには、とてもとても……」

「そうでしょうか?」

「えっ!?」

 私の言葉を遮るように放たれた彼の言葉。その真剣な声音に、私は息を呑んだ。

「人の魅力は、若さだけではないはずです。積み重ねた経験やそれを元にした考え方が、その人に奥行を与え、それが魅力の一つになります」

「そう、でしょうか」

 真摯な眼差しを彼に向けられ、戸惑いながら、そう返すのがやっとだった。

「自分は、そう思います」

 彼は大きく頷いた。

 なぜか、身体が急に熱をもった。身体の芯から何か熱い塊が、ゆるゆると溢れ出てくるようだ。

「よかったら、これから飲みに行きませんか?」

 気が付けば、彼と見つめあっていた。射ぬくような彼の視線から、瞳を逸らせない。



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