最終列車が出るまで
『♪~』
そんな空気を断ち切るように、電子音が響いた。私のスマホだ。
名残惜しく思いながらも、そっと小指を外す。
バッグからスマホを取り出し「ごめんなさい」と彼に断った。
「どうぞ」と彼は微笑んだ。
イスから立って、彼から離れる。壁に寄り添うようにして、彼に背を向けた。
ダンナからの着信だ。スマホを、わずかに震える指でタップした。
「もしもし」
自然と、声は抑えたものになった。
『お疲れ!今、そっちに向かってるから』
「えっ!?ご飯、食べてたんでしょ?迎えは無理だって」
『ああ、もう食べ終わったから。子ども達が、どうしても母さんを迎えに行きたいって言うし』
「・・・」
とっさに、言葉が出てこない。「ありがとう」とも「来なくていい」とも、言えなかった。
『かあさん、今日は悪かった。駅、だよな。ついたらまた、電話するから』
「あっ……」
相変わらず、ダンナのペースで通話は切られた。
溜め息をついた後、そっと窺うように後ろを振り向いた。
──そこに、彼はもう、いなかった。
夢を、見ていた?それとも、酔っぱらいの見た幻?
スマホをバッグにしまい、自分の右手を見つめた。
でも、はっきりと残っている。彼の小指の感触も、体温も。
右手で、ゆっくりと胸を抑える。あんなに自己主張していた心臓は、いつものようにトクトクと震えているだけだ。