最終列車が出るまで


 ただその事を今、実感してしまうのは、さらにダメージを感じてしまう。

 小さく溜め息をついて、にぎやかな人達から離れた椅子に、ゆっくりと腰を下ろした。

 すべてが、あの日と違う。そう感じて落ち込んでいる自分に、再び苦笑する。

 違うのは、当然だ。あの日から二ヶ月が過ぎた。季節も冬から春へと移ろった。

 彼はあの日、接待で遅くなったと言っていた。今日は祝日だし、仕事は休みの可能性が高い。だとしたら、接待や職場の飲み会なども今日はないだろう。

 そう冷静に考えてみて、違う違うと頭を振った。

 私は、彼の事を何も知らない。あの日、彼と話した事だけがすべてだ。想像のうえでいくら考えたって、なんの意味もない。

 それでも……

 自分のちょっと不細工な右手を見た。繋いだ彼の小指が長かった事、温かかった事は知っている。私を真っ直ぐに見つめる瞳も、知っているのだ。

 右手を、ギュッ!と握って俯いた。

 最終列車を待つ間、どこにもやりようのない想いが、私の中でグルリグルリと回り続けた。



*****


 二月のあの日から、六ヶ月が過ぎた。

 思い出そうとすれば鮮やかに彼の姿は甦るのに、あの日からの時間が経ち過ぎて、私の中の彼の存在が曖昧になっていた。

 彼との事は、私しか知らない。彼と出会った事を、誰にも話していないから。

 今まで付き合った人や、初体験の相手等々。お互いのそういう事は、全部知っている高校の同級生にも、話していない。

 二月のあの日以降に、同級生との飲み会があったのが七月の終わりだった。その前の飲み会が、みんなの体調不良で中途半端だった。そのせいか、友人達のおしゃべりが、いつもにも増してマシンガンだった。私は聞き役になる事が多く、すっかり話しそびれてしまったのだ。


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